銀色の人。

□【紅の桜の後】
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「ねぇ、晋ちゃん……もう、駄目なの?」
「駄目って、何がだ?」

はぐらかす高杉に、遼は眉間の皺を深くする。

「ばか。晋ちゃんなんて、大きらい」
「そうか。じゃあ仕方ねぇな。心変わりするまで躾けてやるよ」
「え?」

高杉は遼の手を取ると、半ば強引に船内まで引っ張っていった。
呆気にとられた遼は、されるがままに船室に連れ込まれる。

「ちょっと、晋ちゃーーー!」

壁に押し付けられ、まるで噛みつくような口づけに、遼は高杉の胸を叩くが、意に介した様子も無く、ますます深く口づけられた。
侵入してきた高杉の舌に驚いた遼は思わず歯をたててしまい、唇が離れる。

「っ……」
「っは、あ、ごめ……」
「くくっ、殊勝な事だな。無理矢理口づけた男に謝るなんざ」
「〜っ!」

嘲るような高杉に、遼は顔を赤くして地団駄を踏む。

「腹立つ〜!」
「ったく、ガキの頃から変わらねぇな」
「変わったよ!身長だって伸びたし、胸だっておっきくなったし、髪だってヅラに負けないくらいサラサラロングヘアになったもん!」
「わざわざ染めたのか?」
「げ」

遼は自ら踏みに行った地雷に気付き、「何の話?」と切り返したが、時既に遅しだ。
高杉は纏めている遼の髪を解くと、一房手に取りじっくり観察する。

「や、やだ〜晋ちゃんのエッチ、触らないでよ〜」

遼は慌てて髪を結び直すが、高杉の視線に一層戯けてみせた。

「髪は女の命なんだからねっ!許可なく触るなんてマナー違反だゾ」
「お前がそうやってはぐらかす時は、大抵隠し事がある時だ。本当に、ガキの頃から変わらねぇな……」
「か、隠し事なんてナンニモナイヨ」
「それは俺の目を見て言えよ」

顎を掴まれ、無理矢理高杉の方を向かされた遼の目が泳ぐ。

「ホントニナンニモナイヨ」
「じゃあ、この髪の色はどう言い訳するんだ?」
「……白髪染め?」
「銀時じゃあるめぇし、そんなもん必要ねぇだろうが。で、何でそんな真っ黒な髪してんだ?」

詰め寄られ、これ以上は無理だと諦めた遼は、高杉と目を合わせると重い口を開いた。

「五年前……死にかけて、目が覚めたらこうなってた」
「そりゃあ随分面白い与太話だな」
「私もびっくりした。身体中刺されて、もう駄目だって諦めて、血ィ吐きながらのたうち回って……あれ?死んだ?いや、死んでないなーって気が付いたらあら不思議、髪も目も真っ黒になってましたとさ。おしまい」

「信じなくていいよ。私も信じられないし」と、遼は溜息をつく。

「あの熟れすぎた西瓜みたいな、赤い髪が好きだったんだがな」
「それはどーも」

褒められているのかよくわからない賛美に、遼も適当な返事をして、改めて高杉を正面から見つめた。

「痛い?」
「何がだ?」
「左目」

遼は包帯の上から高杉の左目を優しく撫でる。
もうずっと昔の……十年も前の傷だという事くらい、遼も知っていた。
あの日、あの時、何が起きたのかは父から伝え聞いたし、父が「友を救えなかった」と零していたのを覚えている。
父が到着した時には全てが終わっていて、松陽の亡骸にさえ会えなかったと嘆いていた。

「父さまがね、ずっと言ってたの。代わってやりたいって。松陽と、銀時と、晋助と代わってやりたいって……自分なら、よかったっ、て……っ」

溢れた涙が言葉を詰まらせ、遼はキツく唇を噛み締める。
誰かが誰かの代わりになれば、別の悲しみが生まれるだけで、何一つ解決するわけでは無いことくらい、遼の父もわかっていたが、悲嘆に暮れ、袂を分かっていく銀時達の姿にそう思わざるを得なかったのだ。
幼い遼の記憶にも、離れていく彼らの背中は今でも暗い影を落としていて、思い出すと胸が苦しくなる。

「ごめっ、っ……は、私が泣いたって仕方ないのに……っ、ごめんね」

高杉は、泣き止もうと必死に目を擦る遼の手を掴み、抱き寄せた。

「着物に鼻水ついちゃうよ」
「上等だ」

優しく頭を撫でられ、遼は目を閉じて高杉に聞こえないほど小さな声で「ありがとう。大好きだよ、晋ちゃん」と呟く。
昔から情に厚く、けれどぶっきら棒で意地っぱりな高杉は、遼の憧れだった。
恋にもならない想いで彼を慕い、成長した今でもその想いは変わらない。

「そろそろ帰らなきゃ」
「五体満足でこの船から降りるつもりだったのか」
「もちろん。だってこの船、宇宙に出る前に江戸に寄るつもりでしょう?その時こっそり抜け出そうと思って」
「あんなに派手に乗り込んで、大したタマだな」
「いざとなったら、晋ちゃんが何とかしてくれるから」

昔みたいに。
そう言って笑う遼に、懐から煙管を取り出した高杉は黙って火を点け燻らせた。
何一つ変わっていないのだと、嬉しい反面虚しくもある。
幼かった遼は、その心を美しいままーーーいや、より磨いて現れたというのに。

「外の連中は、万斉に何とかさせるが、逃げ切れるかはテメェ次第だ」
「うん。ありがとう……あのね、晋ちゃん」

言いかけて「やっぱり何でも無い」と、頭を振る。

「万斉に話をつけてくるから、暫くそこで待ってろ」
「わかった」

高杉の背中を見送ると、遼はその場に座り込む。

「やっぱり晋ちゃんと居るのは、ツライな……」

真選組の賑やかな日々で忘れ始めていた記憶と感情が、津波のように押し寄せてきて、息が苦しくなった。
高杉が知らない事実を一つ、遼は知っている。
その事実はきっと、高杉にとって受け容れ難く、哀しいものだ。
知っていれば、こんな事をしなくても良かったのかもしれない。
ぐるぐると悪い想像を巡らせていると、いつの間にか時間が経っていたらしく、高杉が戻ってきた。

「あと二時間程で大江戸湾につく。おまえは海に落とした事にしてあるから、暫くここにいて、荷物に紛れて降りろ」
「わかった。ありがとう」
「礼はいらねぇよ。残り二時間、たっぷり話を聞いてやる」
「話?」

首を傾げる遼に、高杉は「体の事だよ」と妖しく笑う。

「体って?」
「死にかけたってのは、何でだ?」
「話さなきゃダメ?」
「話したくなるように、体に聞くか?」

そう言って袷に手をかけられ、遼は慌てて「話します!」と高杉の手を押さえた。

「晋ちゃんタンマ!」
「もう、遅ぇ」

いつの間にかに帯が解かれ、袷から侵入した手が肌を滑る。

「ちょっ、ま」
「この傷か?」

左胸の、ほぼ心臓の上にある傷を撫でられ、遼は思わず目をそらす。

「言いたくねぇなら、全身検分するだけだぜ」
「変態」
「俺には知る権利があると思うが?」
「……怒らない?」
「どうだろうな」

きっと、どう話しても怒られるのだと諦め、ぽつりぽつりと話し始めた。

「父さまと母さまが亡くなって、とりあえず働かなくちゃって、伝手を頼って置屋でお手伝いとか用心棒とかしてたんだよね」

ふうっと、煙を吐く高杉を見ながら話し続ける。

「そこで、天人が暴れてね……店の姐さん達が大勢殺されたの。気が付いたら私も血まみれで、足元には暴れていた天人が死んでた。勿論私も無傷じゃなくて、気を失って目が覚めたら、この姿になってた」
「傷は、胸だけか?」
「ううん。大分薄くなったけど、肩とかお腹とか足とか殆ど全身かな。見る?」
「いい。それよりその後どうなった?」

高杉の疑問に、遼は少しだけ戸惑うと、小さく折り畳んだ紙片を渡した。

「それ、私」
「……俺と同じ所まで落ちたのか」
「身体的特徴が違うし、男児ってなってるから、疑われた事はないけどね」
「悪かったな」
「晋ちゃんが気に病む事じゃないよ。これは全部私の責任だから」

そう言って笑う遼の鼻を、高杉はギュッと抓む。

「んあっ、な、何?」
「ガキのくせに、考えすぎだ」
「ガキじゃないよ」

不機嫌になった遼に、高杉はふっと笑って手を離した。

「俺には、いつまで経ってもガキだよ。だから、ガキのままで居ればいい」

その言葉に、遼は何も返せず俯く。
それをどう受け取ったのか、高杉は遼の肩を抱き寄せた。

「あと少し、黙ってこうしてろ」
「うん……」
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