銀色の人。

□【大切な人を失った】
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数週間後。
ミツバの初七日を済ませた屯所内は、いつもの雰囲気を取り戻していた。
けれど沖田だけが、未だ沈んだ表情で日々を過ごしている。
隊士達はそれも当然だと沖田を腫れ物のように扱い、極力距離を置いていた。
その間遼は、真選組を離れて松平片栗虎の下特別任務をこなしており、今日になってやっと解放されたのだ。

「うわっ…久々に帰って来たらすごいことに」

ゴミ屋敷もかくやと言った有り様に、遼は深々と溜め息を吐く。

「あ、お帰り遼ちゃん」
「山崎さん。取り敢えず、このゴミの山はどういう事か説明して頂けます?」
「じ、実は遼さんが居なくなったのと、ミツバさんの事でバタバタしてたのが重なって…」
「言い訳は聞きたくありません!今日中に暇な隊士全員で綺麗にして下さい!!」

自分から聞いておいて理不尽な事を言ってのけた遼は、うろたえる山崎にくすりと笑みをもらす。

「夜までに綺麗になってたら、お掃除部隊だけに夕飯作りますよ」
「ホントに!やった、じゃあ頑張るよ!」

ぱあっと表情を輝かせた山崎に、遼は「現金ですね」と苦笑した。

「そりゃそうだよ。随分遼ちゃんのご飯とはご無沙汰だったからね。あ、俺は晩飯ハンバーグが良いな」
「分かりましたハンバーグですね。そういえば、沖田さん何処に居るか知ってます?」
「えっ、あっ、うーん…多分部屋かな。あれからずっと、塞ぎ込んでてさ」

言い澱んだ山崎に、遼は「そうですか」と嘆息した。

「あのさ、遼ちゃんが慰めてあげてくれないかな?」

遠慮がちに頼みこむ山崎に、遼は黙りこむ。
銀時から経緯を聞いたとは言え、遼はあくまで部外者だ。
安易に踏み込む事は出来ないし、してはいけない。
沖田の哀しみを推察する事は出来ても、共に嘆く事は出来ない。

「私が余計な事しなくても大丈夫ですよ」
「え?」
「じゃあ買物行ってきます!」

くるりと踵を返した遼は、小走りに沖田の所へ向かった。
勿論、道すがら出会った隊士に夕飯までの清掃を厳命することも忘れない。

「沖田さーん、居ますか?」

部屋の前で襖越しに声をかけるが、反応が無い。

「勝手に入っちゃいますよ〜」

どうせ中でいじけてるのだと、遠慮なく襖を開ける。

「やっぱり居た。返事くらいしてくださいよ」

部屋の真ん中で横になってぴくりとも動かない沖田に、遼はずかずかと近寄ると無理矢理アイマスクを剥ぎ取った。

「一緒にお出かけしましょう」

薄目でこちらを確認する沖田に、遼は満面の笑みでそう告げる。

「そんなの遼一人で行きゃあいいでさァ」
「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。場所は行ってみてからのお楽しみって事で」
「SMクラブにでも連れて行ってくれるんですかィ?」
「馬鹿な事言ってないで行きますよ」

沖田を引っ張り起こした遼は、そのまま引きずるようにして外へ連れ出す。

「いい天気ですね」
「そりゃあ遼の頭がか?」
「私の頭も、いい天気ですよ」

沖田の嫌味をさらりと交わすと、大通りに出てタクシーを拾い、運転手に「ヘドロの森まで」と頼んだ。

「ヘドロの森ィ?」
「銀ちゃんちの隣の花屋さんです」

どこかウキウキとした様子の遼に、沖田は「めんどくせぇ」と呟く。

「すぐ着きますから、寝ないで下さいよ」

ペしぺしと沖田の膝を叩いて念を押す。
暫く走ると、見慣れたかぶき町が見えてきた。
ヘドロの森に到着すると、遼は少し待ってて下さい、と運転手に頼み、沖田を引っ張って車を降りる。

「屁努絽さーん、こんにちはー」
「ああ遼さん、こんにちは」
「花束を作ってもらえますか。えーっと、ピンクのバラと、かすみ草と……紫のラナンキュラスでお願いします」
「それは素敵ですね。お祝いですか?」
「内緒です」

ふふっと笑った遼に、屁努絽は「すぐに用意しますね」と、花束を作り始めた。

「屁努絽さんちのお花は、どれも優しい色をしてますね」
「いやあ、そんな事を言って貰えるなんて嬉しいですね。もっと頑張ろうと思いますよ。ところで遼さん、体の調子はどうですか?」
「今のところ、問題ありません。けど、目立ち始めたので、また相談にのって下さい」
「アンタ、どっか悪ィんですかィ?」
「あ、えっと……病気とかではないんですけど」

もごもごと歯切れの悪い答え方をする遼に、沖田は心配そうな瞳を向ける。
目が合って、遼は心底失敗したと思った。
病で姉を失ったばかりの沖田にとって「体調不良」なんて言葉は不安の種でしかない。
咄嗟に出たのは、ありきたりな嘘だ。

「古傷がなかなか消えなくて、植物に詳しい屁努絽さんにいい薬が無いか聞いていたんです。ほらコレ、額の傷」
「……コイツはそう言ってますけど、本当ですかィ?」
「ええ、本当ですよ」

頷いた屁努絽に、沖田は訝しがりながらも納得する。

「でも遼、そんな傷いつ出来たんでィ」
「子どもの頃ですよ。銀ちゃんが投げた瓦がヒットして」
「なんでィ、万事屋の旦那にキズ物にされたのか」
「沖田さん、言い方」

間違っていないが誤解を招く表現に、思わずツッコむ。
そんな会話をしていると、花束が出来上がった。

「はい、お待たせしました」
「わあ、素敵。ありがとうございます」

代金を払うと、待たせていたタクシーに乗り込む。

「すみません。次は傳傳寺までお願いします」
「傳傳寺ィ?」
「小さいお寺ですけど、良い場所ですよ。緑に囲まれてて、静で……ご住職もいい方なんです」
「ふぅん」

興味なさそうに返事をする沖田と対照的に、遼はにこにこと満足そうにしている。

「ま、着いたら起こしてくだせェ」
「はいはい。暫くおやすみなさい」
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