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□もし、最後に願いが叶うなら私は貴方の名前を呼んでみたい
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産まれたときから声は出なかった。
見聞きは出来たが話すと言うことは出来なかった。
私が気持ちを伝える手段は動作と、紙の上だけだった。
一度も父と母と呼ぶことは出来なかったが、両親はそんな私にたくさんの愛情を注いでくれた。

村の人々には気味悪がられたが、両親の支えもあって私は作家として生計を立てることが出来た。

ある晩、外の物音で目が覚めた。
こんな夜中に誰だろう?
そう思い、戸の隙間から覗く。

人が倒れてる。

慌てて外に出て、その人の体を揺らす。
息はしているようで、苦しそうな声がする。

非力ながらその人を家の中へ引きずり入れた。
手ぬぐいを濡らしその人の顔を拭く。

「んっ・・・!!」

目を覚ましたその人は風のような早さで体制を整え、鋭い何かを私ののどに当てた。

「ここはどこだ!?お前はどこの忍だ。」

忍・・・あぁ、この人は忍なのか。
不利の状況なのになぜか私の頭の中は冷静だった。

「なにか言え!」

話せたらどれだけいいことか・・・
そう思いながら喉を指さし、首を横に振る。
「声でない」っと口を動かす。

それを見たその人は、そのことを理解し、周りを見渡し、そして私へ謝罪・お礼を述べた。

「すいません、助けていただいたのに・・・僕、善法寺伊作って言います。貴方は?」

伊作さん・・・それが彼の名前らしい。
私は筆と紙を出し自分の名前を書いた。

「名無しさん・・・さん。綺麗な名前ですね。」

そう言うと伊作さんはへにゃりと笑った。
さっきまで殺気立っていたのが嘘のようだ。
そもそもこの人は人を殺めることが苦手そうに見える。

謝罪もそうだが、さらっと忍って言っちゃダメだろっと心の中でダメ出ししといた。

とりあえず、夜が明けるまで私の家で休んで貰うことにした。
凄く遠慮していたが、ケガの手当は夜だと難しいだろうからと理由を付けて休ませた。

小さな火だけじゃ、見誤る可能性だってある。

おやすみっと伊作さんが布団にはいるのを確認し、私も自室に戻り布団に潜った。

朝起きると、伊作さんはまだ布団の中にいた。
もし居なくなっていたらどうしようかと思ったが、彼は素直にこの家に留まってくれた。

朝ご飯の支度を始めると、ノロノロと伊作さんが起きてきた。
寝ぼけた顔だが昨日は薄暗く分からなかった彼の顔が今はっきりと分かった。

忍びなんてもったいないくらいの優しい顔。
彼が人を殺める顔が思いつかなかった。

「あ、名無しさんさん、おはようございます。」

おはようございますと、私も口を動かし会釈する。
ご飯を指さし食べますか?と口を動かせば、
いただきますと笑顔で彼は答えてくれた。

手を合わせていただきますと、久々に誰かと食事をとった。

「!美味しい・・・名無しさんさんは料理上手なんですね!」

自分の料理は味気なくて、よく分からなかったが他人に誉められると嬉しい・・・。
恥ずかしくて目をそらしながらありがとうと口を動かした。

食事を済ませた後、伊作さんのケガの手当をした。
伊作さんはテキパキと自分のケガの手当をしていった。
上手だな〜っと眺めていると視線に気づいた彼がヘラリと笑った。

「馴れてるんです。僕、よくケガするから。」

不運だしっと小さな声で呟いたのには気づかない振りをした。
背中の傷は流石に一人じゃ無理だからと、私が手当をした。
無数の切り傷が彼の背中にはあった。
恥ずかしいなっと彼は呟いたが、コレが彼が生きて戦った証なのかと私は先ほどまで彼が忍びに向いていないと言う考えを恥じた。

彼は誰よりも心を隠している。

手当が終わると彼は自分の城へと戻っていった。

「また今度。」

っと言って去っていったが、本当に今度はあるのだろうか?
あやふやな約束を胸にしまい、私は机に向かった。



ある日、滅多にならない戸を叩く音がした。
締め切りにはまだ遠いはずなのに、いったい誰だろうか?
戸を開くと、伊作さんが立っていた。

「こんにちは。会いに来ました。」

びっくりして、一旦戸を閉めた。
呼吸を整えてもう一度戸を開けた。

「こんにちは、名無しさんさん。」

変わらず笑顔の伊作さんに会釈をし、家の中に入れた。

「この前はありがとうございます。これ、お団子です。食べてください。」

ありがとうと、口を動かすと、どういたしましてと彼は笑った。

それから、何回か伊作さんは私の家に足を運んでくれた。
時には外に連れ出し、秘密の場所と言い一面の花畑などに連れて行ってくれた。
出会って短い時間だったが、私は彼と沢山笑い、そして恋に落ちた。

けど、その気持ちは言えなかった。

自分でも薄々感じていた、私は何かの病気に犯されていた。
徐々に徐々に、ほんの少しずつだった。
動かなくなる前にと、寝る間も惜しんで私は物語を書いた。

そして、私は死んだ。
伊作さんに最後を看取ってもらい、ゆっくりと眠りについた。
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