短編

□硝子細工の心臓
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白い部屋 白いイス 白いベッド
ひたすら白しろシロなこの光景にはもう、慣れた

ここは…病院
そして私は病人


幼い頃から体が弱かった私は高校に上がると同時期にここに入院した
なんでも脳の病気なんだとか
だから無理な運動はもちろんできなかった…イヤ、させてもらえなかった

大人たちは口々に幼い私にこう言った「死にたくないでしょ?」

でも私には分からなかった、死というものが…今も、昔も……





「…名無し」



ふと隣のベッドから聞こえた声により意識を呼び戻される

今の時間は深夜2時頃だ
同じ病室の子どもたちのほとんどはまだ小さい子達ばかりだからもうとっくに寝ているはずだろう、ということは…


私はゴロンと寝返りをうち、声の主の方に体を向けた



『どうしたの、翔』

「名無し…俺、俺死にたくないっ、死にたくない!!」

『翔…大丈夫、落ち着いて…』




同い年で同室の男の子来栖翔
この子はいつも明るくて元気な皆のムードメーカーだ

…でも彼は夜になるとこうして壊れたように私にすがってくる

彼もまた病魔に体を侵されているのだ……部位は…心臓、だった




「死にたくないっ、怖い…怖い」

『大丈夫、翔は生きてるよ、ちゃんと生きてるよ?』

「うっ…あ、ぁ」

『この間だって先生言ってたじゃん…ドナーが見つかれば治るって』




そう、先日行われた翔の体の検査でドナー…つまり心臓を貰える相手が見つかれば翔は生きられるかもしれないということが判明したのだ

しかし…大変なのはここから、ドナーを見つけるのは至難の技だ

けれど私はあえてそれを口には出さず翔の背中を擦りながら優しく声をかけ続けた



『大丈夫、翔は…大丈夫』



そう、翔は…生きられるよ

……必ず



×××××××




次の日…

ガラッと病室のドアが勢い良く開いた

同室の子どもたち全員がそちらを向く、その視線の先には…




「皆聞いてくれ…、ドナーが…ドナーが見つかった!!」



蔓延の笑顔でそう言う翔が佇んでいた

ついに、ドナーが…


その知らせを聞いた子どもも嬉しいそうに彼の元へ駆け寄っていく




「やったね、翔兄ちゃん!」

「これでサッカーも野球もいっぱいいっぱいできるね!」

「あぁ、これもお前らが励ましてくれたおかげだ、ありがとな!」



そう言ってわしゃわしゃと子どもたちの頭を撫でる翔
病室はいっきに和やかな雰囲気に包まれた





……しかし




「名無しちゃん、ちょっと良いかしら」


その空気は何やら深刻そうな顔で部屋に入ってきた看護師によって一気に沈下された



『……はい』



私も私で看護師と同じような面持ちで部屋を去ろうとする

しかし…あと一歩というところでグイッと誰かに腕を捕まれた
誰かというか…大体察しはつくんだけどね




『どうしたの…翔?』



ゆっくりと振り返ると私の手を掴んでいたのは想像通りの人物で…

私に一瞬不安そうな眼差しを向けるがすぐいつもの表情に戻り、私にぼそぼそと何か話し出した



「なぁ…もしさ、病気が完治したら…」

『…………。』

「か、完治したらさ…」

『……………。』

「……やっぱ、いいや」

『ぷっ…なにそれ』

「なっ、笑うんじゃねぇよ!」

『ハイハイ、それじゃあ行ってきまーす』




そう言いながら軽く手を振り部屋を出る




無言のまま向かう先は…院長室
なんとなく予想できた未来に私はギュッ…と手を握りしめることしかできなかった







「…名無しちゃん、本当にこれでいいんやな?」

『はい、それで構いません。私が…お役にたてるのなら』

「だが彼は君がド『それは絶対言わないでください』せやけど…」

『彼は…知らなくていいんです…最後まで』

「…分かった」




院長先生は私を見て悲しそうな顔をする

でもこれで良いの…イヤ、これが良いの
だって私は元から………




『そうだ先生、翔の心臓の手術の日っていつでしたっけ?』

「……予定では来週の水曜やけど」

『水曜…結構早いんですね』

「名無しちゃ『それでは、先生…よろしくお願いしますね』





最後に私はそう呟いて
部屋を後にした







『…これで、良いんだよ』






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