あの日、俺がなまえちゃんに助けられ、道場に行った時のこと。なまえちゃんの父親の部屋へと入った俺は、ただの胡座さえ様になるその男を目の前にして、思わず息をのんだ。 「よく来たな。俺はみょうじ椿。なまえの父親で、この道場の師範だ」 「どうも、高尾和成ってるス」 「いいよ、そんなかしこまらなくて。ほら、正座とかいいから。胡座でいいから」 「あ、すんません」 「ほらなまえ、お前は外出とけ」 「え、私?」 「そ。男にしか出来ない話があるの」 「…はい」 若干冷めた目で部屋の外へと出て行ったアイツを見届け、正面に向き直る。 正直、初対面の感想は、細くてなんか弱そうで、俺のオヤジより遥かに若くて、何より、所謂イケメンの類いだということだった。 「おいおい、見取れるなよ。照れるじゃねぇか」 そう笑う姿に、なまえちゃんは確実に父親似なんだと思った。勿論、多少男らしさは抜かないといけないけど、目とか鼻とか、柔らかくしたらアイツそのものなんだもの。ちょっと笑える。 「なまえが次期師範だってことは、もう聞いたよな?」 「はい。いや、ちょっと信じられないんですけど」 「だろうな。アイツ演技結構うまいもん。でも、胴着着たら豹変すんだぜ、俺怖いったらもー」 「マジすか」 「ああ。でさ、次期師範になると思われる子は、男だったら中学上がるまで、女だったら継ぐまで、外部の人間に将来継ぐかもしれないこと、そもそも道場の子であることを、バレてはいけないという決まりがある」 女の方はさっき聞いた。でも、この場合ぶっちゃけどうでもいい、男の方の説明をわざわざ入れた点に関して、一瞬疑問を抱いた。だがすぐに、別に深い意味は無いのだろうと片付け、続きに耳をすます。 「だから高尾、お前は、一週間うちの道場に通ってもらう。お前が普通にしてたら、それ以降は何にもないから」 「…そ、それだけっスか?」 「ああ。だけど、友達にも家族にも、なまえの事は禁句。他の門弟と同じ扱いだ」 なる程。つまり、一回門弟にしとけば、今回のことももみ消すことができるって訳か。思ってたより随分軽い。そして優しい処罰だ。 「あと、話変わるけどさ」 そう構えていた俺に、椿さんは、あの意味深な言葉をかけた。 |