Runaway train
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「うわ、面倒くせえ…」
その日の撮影を終え、黄瀬が最寄り駅に向かうべく歩いていると、目に映った不良に囲まれた女子高生。
(あれは確か、新設校の誠凛の制服…)
「なあ、ちょっとぐらい遊ぼうぜ」
「いいとこ知ってんだ〜」
関わらないが吉だ。だいたい、こんな時間に女子高生が一人で出歩く方が悪い。そのまま駅に向かおうと踏み出したはずの一歩は、しかし、必然的に止まった。
「すいません、用事があるので」
(待てよ、この声………)
似ているだけに決まっている。そうは思いながらも、振り向いてしまうのは男の性。
そうして目を懲らして見れば、しっかり見えた色素の薄いブラウンの髪。大丈夫。千鶴は黒髪だ。
「ああ?可愛いからって調子乗んなよ!」
「あなた達にかまう時間はないんです」
(……ああ、やっぱすげえ似た声)
「ああ?!女、やんのか!」
一度聞き間違えてしまうと、どうも本人に聞こえてしまうのは、何故だろう。 黄瀬の足は、自然に動いていた。
「すいません。俺の連れなんで、離してもらえます?」
「いきなりでてきてなんだよ!連れだからなんだってんだ?」
女相手に今にも殴りかかりそうな男の腕を掴んだ。物凄い形相で睨まれたが、すぐに後ろの取り巻きが目を大きく見開いて男の肩を叩く。
「な、なあ!こいつ…」
「こいつが何だってんだ?」
「モデルの黄瀬涼太じゃねえか!」
「だからなんだってんだよ!」
標的を変え勢いよく殴りかかってくる男をよけつつ、女の手を引いて、輪の中からすり抜ける。
「相手したいのは山々なんすけど、問題起こすと試合出してもらえなくなるんで。それじゃ」
「おい!逃げんじゃねえ!」
女を担ぎ上げ、出来るだけ揺れないように努めながら、ひたすら走る。
自慢の運動神経に、女が予想以上に軽かったこともあって、すぐに不良を撒けた。ちょうど近かった公園のベンチに女を降ろす。
「すんません。俵担ぎで」
「いや、ありがとう」
そう言いながらも、何故か女は顔を背けたまま。奇怪に思った黄瀬は、自分から顔を覗き見る。
(…………………ん?)
この深緑の瞳、見たことがある。それも、ついさってまで見ていたような。
「……あんた、ちづ」
「だめええ〜!」
女が黄瀬の台詞に被る形で声を上げた。必死にこちらの口を塞ごうと手を伸ばす女の手を取る。負けじと顔を真っ赤にして精一杯ジャンプするこの可愛さは、この世に二人もいていいはずはない。
「ちょっと、わかりましたから、落ち着いて下さい!」
「う〜…」
不服そうながらも、落ち着いてくれた子猫の様な彼女。染めた感じのない綺麗なミルクティ色の髪が風になびいた。
「あなたは、」
そう言い掛けると、女が人差し指を黄瀬の口に当てた。自嘲気味のその笑みに、黙るという選択肢一つしかない。
「みょうじなまえ。これが、私の本名だから」
「本名?」
「あれは芸名。私生活に支障がでないように。黄瀬くんはそういうのないの?」
「囲まれたりするだけで、他は別に」
「いいな〜そういうの。まあ、そういう訳だから、仕事以外で会うことがあったら、本名で呼んでね」
「なまえ先輩?」
「そんな感じ」
へにゃっと笑う瀬川千鶴改め、みょうじなまえは、仕事中とメイクも違うからか、いつもの華やかなイメージからの、清楚な感じが新鮮で、不覚にもかなりぐっときてしまう。
それでもこの可愛さは変わらず健在なのだから、愛しさ余って憎さが…とはよく言ったものだ。
「てか、それが地毛っすか?」
「そう。仕事中はウィッグつけてるの」
「そのままだとバレバレですもんね」
「そうなの。学校の人はほとんど知らないから、バレたくないの」
黄瀬が駅まで一緒にどうかと尋ねると、なまえが了承したので、横に並んで歩き出した。
「ほんと黄瀬くんには助けられてばっかしだよ」
「したいからやってるんすけど」
「それでも、何かお礼したい」
「えっ?いいっすよ、そんな…」
「ダメ。私が、年下にやられてばっかじゃなんだか嫌なの」
こちらを睨もうが、可愛いことに変わりない。だから折れるのは必然的に黄瀬な訳だった。
「先輩、週末予定あります?」
「あっ…ないかも。うん、ない」
「じゃ、デートして下さい」
そう言うと目を見開いて固まったなまえ。顔を真っ赤にして俯いたから、満更でもないかな、なんて思ってしまう。よし、このペースで落ちろ。
「私、そんなつもりじゃ…」
「ええ、嫌なんすか?」
「…嫌じゃ、ないよ」
「なら決まりっすね」
更に俯いてしまう彼女。自然と追い討ちをかけたい加虐心に駆られ、その頬に手を添え顔を上げさせる。尚も泳ぐ目線に無理やり合わせると、やっと大人しくこちらを見てくれた。
「俺、先輩のこと好きかも」
「か、かも…?」
「そう。自分でもよくわかんねえけど、いつのまにか先輩のこと目で追うし、目が会うとドキドキするし」
月光に照らされた先輩の瞳が揺らぐ。思わず顔を近づければ、とても甘く心地いい香りで満たされた。
「ねえ、これ恋なんすかね…?」
そっと顔の距離を埋めた。