Runaway train

□…
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「うわ、面倒くせえ…」


その日の撮影を終え、黄瀬が最寄り駅に向かうべく歩いていると、目に映った不良に囲まれた女子高生。

(あれは確か、新設校の誠凛の制服…)


「なあ、ちょっとぐらい遊ぼうぜ」

「いいとこ知ってんだ〜」


関わらないが吉だ。だいたい、こんな時間に女子高生が一人で出歩く方が悪い。そのまま駅に向かおうと踏み出したはずの一歩は、しかし、必然的に止まった。


「すいません、用事があるので」


(待てよ、この声………)

似ているだけに決まっている。そうは思いながらも、振り向いてしまうのは男の性。
そうして目を懲らして見れば、しっかり見えた色素の薄いブラウンの髪。大丈夫。千鶴は黒髪だ。


「ああ?可愛いからって調子乗んなよ!」

「あなた達にかまう時間はないんです」


(……ああ、やっぱすげえ似た声)


「ああ?!女、やんのか!」


一度聞き間違えてしまうと、どうも本人に聞こえてしまうのは、何故だろう。 黄瀬の足は、自然に動いていた。


「すいません。俺の連れなんで、離してもらえます?」

「いきなりでてきてなんだよ!連れだからなんだってんだ?」


女相手に今にも殴りかかりそうな男の腕を掴んだ。物凄い形相で睨まれたが、すぐに後ろの取り巻きが目を大きく見開いて男の肩を叩く。


「な、なあ!こいつ…」

「こいつが何だってんだ?」

「モデルの黄瀬涼太じゃねえか!」

「だからなんだってんだよ!」


標的を変え勢いよく殴りかかってくる男をよけつつ、女の手を引いて、輪の中からすり抜ける。


「相手したいのは山々なんすけど、問題起こすと試合出してもらえなくなるんで。それじゃ」

「おい!逃げんじゃねえ!」


女を担ぎ上げ、出来るだけ揺れないように努めながら、ひたすら走る。
自慢の運動神経に、女が予想以上に軽かったこともあって、すぐに不良を撒けた。ちょうど近かった公園のベンチに女を降ろす。


「すんません。俵担ぎで」

「いや、ありがとう」


そう言いながらも、何故か女は顔を背けたまま。奇怪に思った黄瀬は、自分から顔を覗き見る。

(…………………ん?)

この深緑の瞳、見たことがある。それも、ついさってまで見ていたような。


「……あんた、ちづ」


「だめええ〜!」


女が黄瀬の台詞に被る形で声を上げた。必死にこちらの口を塞ごうと手を伸ばす女の手を取る。負けじと顔を真っ赤にして精一杯ジャンプするこの可愛さは、この世に二人もいていいはずはない。


「ちょっと、わかりましたから、落ち着いて下さい!」

「う〜…」


不服そうながらも、落ち着いてくれた子猫の様な彼女。染めた感じのない綺麗なミルクティ色の髪が風になびいた。


「あなたは、」


そう言い掛けると、女が人差し指を黄瀬の口に当てた。自嘲気味のその笑みに、黙るという選択肢一つしかない。


「みょうじなまえ。これが、私の本名だから」

「本名?」

「あれは芸名。私生活に支障がでないように。黄瀬くんはそういうのないの?」

「囲まれたりするだけで、他は別に」

「いいな〜そういうの。まあ、そういう訳だから、仕事以外で会うことがあったら、本名で呼んでね」

「なまえ先輩?」

「そんな感じ」


へにゃっと笑う瀬川千鶴改め、みょうじなまえは、仕事中とメイクも違うからか、いつもの華やかなイメージからの、清楚な感じが新鮮で、不覚にもかなりぐっときてしまう。
それでもこの可愛さは変わらず健在なのだから、愛しさ余って憎さが…とはよく言ったものだ。


「てか、それが地毛っすか?」

「そう。仕事中はウィッグつけてるの」

「そのままだとバレバレですもんね」

「そうなの。学校の人はほとんど知らないから、バレたくないの」


黄瀬が駅まで一緒にどうかと尋ねると、なまえが了承したので、横に並んで歩き出した。


「ほんと黄瀬くんには助けられてばっかしだよ」

「したいからやってるんすけど」

「それでも、何かお礼したい」

「えっ?いいっすよ、そんな…」

「ダメ。私が、年下にやられてばっかじゃなんだか嫌なの」


こちらを睨もうが、可愛いことに変わりない。だから折れるのは必然的に黄瀬な訳だった。


「先輩、週末予定あります?」

「あっ…ないかも。うん、ない」

「じゃ、デートして下さい」


そう言うと目を見開いて固まったなまえ。顔を真っ赤にして俯いたから、満更でもないかな、なんて思ってしまう。よし、このペースで落ちろ。


「私、そんなつもりじゃ…」

「ええ、嫌なんすか?」

「…嫌じゃ、ないよ」

「なら決まりっすね」


更に俯いてしまう彼女。自然と追い討ちをかけたい加虐心に駆られ、その頬に手を添え顔を上げさせる。尚も泳ぐ目線に無理やり合わせると、やっと大人しくこちらを見てくれた。


「俺、先輩のこと好きかも」

「か、かも…?」

「そう。自分でもよくわかんねえけど、いつのまにか先輩のこと目で追うし、目が会うとドキドキするし」


月光に照らされた先輩の瞳が揺らぐ。思わず顔を近づければ、とても甘く心地いい香りで満たされた。


「ねえ、これ恋なんすかね…?」


そっと顔の距離を埋めた。
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