Runaway train
□…
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「ねえ、なまえ〜」
夢の世界から一気に現実に引き戻される感覚がどうももどかしい。
聞こえてくる声、優しく叩かれる肩に、覚束ない頭を十二分に使って考える。この声は、たぶん彼女。
「…リコ?もしかして私、ずっと寝てた?」
「そう。2時限目の物理からずっとよ。珍しいじゃない、いつも人一倍集中してるのに。何かあったの?」
そう苦笑い気味に聞いてきたのは成績優秀で、バスケ部の監督も務めているリコ。私が女優だと言うことを知る片手で数えるぐらいの友達の一人だ。
「別に。昨日寝付けなかっただけ」
「嘘よ。なまえが別にって言うときは何かあるって考えるのが定石なの」
「何それ」
「男がらみ?」
「違います〜」
そう言えば、納得いかなそうな表情を浮かべながらも携帯鳴ってたわよ、と私の鞄を指差すリコ。
「そういうのは早く教えてよ」
携帯を鞄から探り出し、メールを開く。黄瀬だ。
―日曜日は用事入ってます?入ってないなら11時にこの前の駅前で待ち合わせでどうっすか。
日曜日なら映画撮影以外の仕事も入ってないし、早過ぎない時間が朝に弱いなまえとしては丁度いい。
さっそく返事を打とうとすれば、真正面から携帯を取り上げられる。
「ほらやっぱり男がらみね!」
「ちょっと、返してよ!」
「…え、黄瀬涼太?」
やばい、モデルだって絶対突っ込まれる。そう心構えしたのはいらぬ心配だったようで。
「キセキの世代の黄瀬涼太!」
「…キセキの世代?」
「帝光中のバスケ部で、今年は十年に一人の天才が5人いるって、高校側はスカウトに必死なのよ。IH三連覇しそうなの」
「あっこの前確か、帝光中だって言ってた。バスケ部だとも言ってたし」
「なら、もう確定ね」
十年に一人の天才って、想像もつかないが、とにかく凄いんだと納得してしまう。
「ちょっとなまえ、黄瀬涼太と仲良いの?」
「いろいろあってね。今度の映画で共演するから、それで」
「へえ〜一回うちのバスケ部にプレイを見せに来てくれないかしら」
「リコがそこまで言うんだから、やっぱり凄いんだね」
「黄瀬涼太は一度見たプレイをコピーして、持ち前の運動神経で何倍もの完成度でやり返してくるの」
「真似っ子?」
「そう。それに、なんてったって、驚きなのがバスケを始めたのは去年だってこと」
「きょ、去年?中二から?」
自分が彼の兄弟だったら、疎外感で嫌になるだろうなと思えてならない。 と、リコの後ろから男子が話しかけてきた。
「監督、話が…あ、みょうじさん、ちわっす」
「ちわっす」
バスケ部員の日向だ。なまえがそのまま返して挨拶すると、リコが日向を叩いた。
「ちょっと日向くん、なまえに何て言葉遣いさせてんのよ!」
「っちょ待て!」
「リコ、なにしてんの?!私が勝手に真似してみただけだよ」
「…しょうがないわ」
「日向くん、ごめんね」
「いや、監督がおかしいんだよ」
心底不服そうだが、とりあえず握りしめた拳を下ろしてくれた。日向もほっと肩で息をしている。
「あれ、みょうじさんまだ昼飯食ってないの?」
「そうだけど、リコに話があったんじゃないの?」
「えっ監督?いいのいいの、後で」
「ちょっと聞き捨てならないわね」
「一先ず俺も一緒に食っていい?監督とも話しながらさ」
そう何気に持ってきたらしい弁当を掲げ、しっかりフォローを入れる日向。さすがリコの扱いが巧い。
「いいよ。一緒食べよう」
「っしゃ!」
「初めっからそのつもりで弁当持ってきたんでしょうが」
そんなリコの鉄拳を受け流しつつ、前の席の椅子をこちらに向ける日向は早々にお弁当を広げ始めた。
「日向くんお弁当大きいね」
「そっか?俺からすりゃみょうじさんの弁当小さすぎなんだけど」
「育ち盛りでいいな、羨ましい。私もね、もうちょっと身長欲しい」
「いや、みょうじさんはそのままでいいよ」
「そっかな?」
やっぱり男っていいなと思う。身長伸びるし、沢山食べれるし。
そうまじまじと見ていれば、欲しい?と聞かれて、なまえはお言葉に甘えてハンバーグを一口大貰ってしまった。
ご飯に置かれたハンバーグを食べる。うん、おいしい。家庭の味って感じ。
「おいしい。ありがとう」
「ちょっと、」
そうある種の二人だけの空間を無意識に作ってしまっていたらしく、リコが机を力強く叩く。
「日向くん、なまえは週末デートなの」
「監督と?」
「残念ながら違うわ。男とよ」
そうリコが言えば、相当驚いたらしい日向。飲んでいたお茶を吹き出しそうになったのをこらえて咽せてしまう。
「…お、男と?」
「そう。だからそうしてられるのも今のうちよ」
「リコ?……えっとね日向くん、付き合ってる訳じゃないよ」
「デートに行く仲なのには違いないわ。あながちキスされて眠れなかったんでしょ?」
「リコ、なんで…」
「え?まさか図星?」
やばい、反応してしまった。始終笑顔のリコ。何がそんなに面白いんだろう。 わざわざ日向に言わなくてもとなまえが睨むが気にする素振りがない。
「なまえ〜、デート用の服は選んであげるからね〜」
「ありがと。私歯磨きしてくるね」
これでは部活に関わるのだろう話が始まらないと思い、教室を出る。
(…監督、何がそんなに面白いんだよ)
(別に、何も?)