Runaway train
□…
16ページ/16ページ
練習が終わって一番に更衣室に戻り、黄瀬は何よりも先に鞄を探り、携帯を出した。 返信、きてる。 問題ないよ、なんて文面に自然と口角が上がる。
「黄瀬ちん、何にやにやしてんの〜?」
「うわ、それ言われんの今日で二度目っす」
「メール?わあ〜いつもと違って媚び売ってない感じ。趣味変わったの?」
「はじめっからああいう趣味じゃなくて、言い寄ってくるから暇つぶしに相手にしてただけなんすわ」
「黄瀬ちん女の敵〜」
「紫原っちも、人のこと言えないと思うっすけど。でもまあ、今回は違いますけどね」
携帯を覗き込んできた紫原にそんなこと言えば、心底驚いたようで。切れ長の目をこれでもかってくらい見開いている。
(…あれ?俺、今なんていった?今回は違う?なにが違うんだ?)
落とせば終わり、いつもと同じはずだ。
「お前、そこまで…」
青峰の声にはっとして周りを見渡せば部員のほとんどが黄瀬を凝視している。一途な自分の発言に驚いているらしかった。正直自分が一番わからない発言だったが、そんな反応をされるのは気に食わない。
「何すか、青峰っち。そんなにおかしいっすか?」
「おかしいだろうが。お前を急にそこまで変えちまう女だろ?やっぱ会わせろ」
「俺が飽きたらいいっすよ」
「うっぜ。その前に掻っ攫ってやっから今、会わせろ」
「絶対やだ」
「青峰くん、無理強いはよくありません」
絶対自分から引かないだろう青峰との終わりの見えない言い合いに黒子が口を挟んだ。黒子に感謝しつつ、青峰の気が逸れている隙に制服に着替える。
「テツ、お前は気にならないのか?」
「気にならないと言えば嘘になりますけど、まだ様子を見るべきでしょう」
「んだよ」
誰にも気付かれないように、更衣室を出る。早く返信しないとな、なんて浮かれていたからか、目の前の自分より少し高い身長の男とぶつかりそうになった。緑間だ。
「あっ緑間っち、俺に言いたいことあったんすよね」
「ああ。今度映画の主演をするらしいな」
「そうっすけど…今日、マジで珍しい。緑間っちがそういうの興味持つなんて」
「原作の小説が傑作だったからな。映画になると聞いて調べたら、黄瀬、お前が主演だった訳だ」
「えっ……恋愛小説っすよ」
「別に俺はもともとジャンルにこだわるわけじゃないが、この前のラッキーアイテムだったのだよ」
「ああ、成る程ね」
打ち合わせで原作本を手渡されたが、未だ手付かずに机に置きっぱなしだ。 勿論、台本には覚えが悪いながら最後まで目を通しているが。とはいえ、緑間がそれだけの用事で声をかけたとは考えにくかった。
「緑間っち、俺が主演で嫌なんすか?」
「そういう訳ではないのだよ。ただ、」
「ただ?」
「ヒロインが、青峰がこの前写真集を持ってきていた女優だろう」
「ああ、瀬川千鶴でしょ?」
「瀬川千鶴だと!」
タイミング良く更衣室から出たなり、緑間の言葉に反応する青峰。目をギラギラさせて、黄瀬の肩を掴んできた。呆れると共に、決心する。
やっぱり、青峰にはなまえは会わせられない。週末は青峰の行きそうにない所にしないと。
「サイン!サイン貰ってこい!」
「…あっちがいいって言ったらいいっすよ」
「黄瀬〜愛してる。ただお前、自分だけ瀬川千鶴とヤろうとか考えんなよ?」
「はいはい」
「頼んだぜ〜」
上機嫌に大きなエナメルを抱えて、不気味なくらい笑顔で帰っていった青峰。映画を見てキスシーンの存在を知ったら、自分とキスしようとしてくるんじゃないか。心配だ。、
「で、ヒロインが瀬川千鶴だから何すか?」
「いや、その…」
珍しくもどもる緑間をまじまじと見れば、なんと顔は真っ赤。
「俺の、親がその、ファンだからだな、だから…」
「サイン欲しいんすね。あっちがOKしてくれたらっすよ?」
「いや、俺でなくて親が、」
「はいはい」
「……すまない」
「どうも。じゃあまた明日」
そう後ろ手に手を振って、早々に帰る。あの緑間まで落とすとは、瀬川千鶴おそるべし。
じゃあ、日曜楽しみにしてます。短めに送信すると、結構すぐに返信が来て、満更でもないじゃん、なんて頬が緩む。
「可愛いすぎでしょ」
そう無意識に呟いてしまい、電車に乗っていたため横のおばさんに顔を赤らめながら見られてしまったが、そう気にはならない。
おかしいな。何故だか、そう簡単に落ちてほしくないなんて、らしくない自分がいる。