Runaway train

□…
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「黄瀬涼太です」

「…取り込み中だ。後にしろ」

「すいません。俺も忙しいので」

「俺に刃向かうか、…いいだろう。その度胸を見込んでお前も楽しませてやる。入れ」


見た目からすれば、幾分か軽い扉を開けた。すると、何より目が引かれるのは、あの女優だった。 いやらしく笑うじじいなんてどうでもいいくらい、目に涙を溜める瀬川千鶴はテレビで見るより数倍可愛かった。そこらの女なんて、比じゃない。


「どうだ、可愛いだろう」


否定は全くできないが、さも自分のもののように言うのはどうかと思う。瀬川千鶴に目を奪われていた黄瀬に、更に監督が追い打ちをかける。


「キスでもしてみるか?映画でもどうせキスシーンがあるからな。その予行だ」

「は?」

「なんだ、嫌か?なら俺が、」

「いや、その…」


監督が向き合った途端、声にならない悲鳴を上げた彼女に、黄瀬は手を挙げるしかなかった。


「俺に、させて下さいっす」


言ってしまった。自分が一番吃驚したが、別にキスが嫌な訳ではないし、寧ろ役得だ。
彼女には悪いが、中年オヤジよりはましだと思ってもらうしかない。

瀬川千鶴を監督の下から腕を引いて、自らの腕の中に収めた。自然となる、涙目での上目遣い。溜め息がでる。
本当、間近で見ればなおさら可愛い。正直に言えば、美味そう。監督がセクハラしたくなる訳だ。


「すみません。俺で我慢してくださいね」


精一杯の断りを入れ、唇を重ね合わせる。
キスの寸前に肩を震わせる彼女がとても愛おしく思え、自然と抱きしめる腕に力が加わる。
今までのどんなキスも忘れることができるくらい、彼女の唇は甘く、柔らかく、とろけそうで、次には舌が入る。
突然のことに驚いたのか、またもや肩を震わせた彼女の舌は、当然奥に逃げたが、無駄な抵抗である。
歯列を堪能した後、すぐさま舌を吸い上げ、此方の口まで誘った。
そして流石に彼女の息が苦しくなった頃、唇を離し、余韻に浸りたい気持ちを抑え、監督の方を見る。


「今日はもう失礼します」

「そうか」


何が嬉しいのか、心底楽しそうな監督を横目に、瀬川千鶴を抱えて部屋を出る。
彼女はキスに腰が砕けたらしい。しばらくは自分では立てないだろう。

受け持ちの女優を抱えて出てきたのに驚いたらしく、目を見開くマネージャーの前を横切り、少し廊下を進んだところで、彼女を降ろす。

まだ立つのは覚束ないらしいので、わずかに彼女の体を支えて、黄瀬はあらためて瀬川千鶴に向き合った。

艶やかな黒髪、品のある顔立ち、そして何より目を引くのが、綺麗な深緑の日本人離れした瞳。
人形がそのまま動き出したかの様な綺麗かつ、可愛らしい容姿に、今までの横抱きやキスを恥ずかしく思えた。


「えっと、…ありがとうございます」


上目遣いでそう述べる千鶴に、顔に全身の熱が集まるのが自分自身理解できたが、出来るだけ平然を装い、話題を振ってみる。


「あの、敬語やめません?業界でも俺より暦長いし、なにより年上じゃないですか」

「…年上?」

「高一でしたよね?」

「そう、だけど。…君、中学生?」

「帝光中学、三年っす」

「え、嘘…!」

「嘘ついてどうするんスか」

「それもそうだよね。でも身長大きいし大人っぽいから、君の方が年上って言われても納得しちゃうよ」

「バスケしてるんす」

「あ〜そうなんだ」


やっと納得したらしい彼女は、今度こそしっかり立てるようになったらしく、黄瀬から離れて、初めて見せる自然な笑顔を向けた。


「今日はほんとにありがとう。助けてくれて」

「あの、あれで仕事チャラになったら…」

「ん?いいんだ。あの監督もともと大っ嫌いだしね。それに、なんか楽しそうにしてたから変動はなさそう」


舌を出して意地悪く笑う彼女に、心臓が高鳴るのが分かった。


「それをいうなら黄瀬くんもでしょ?仕事キャンセルされたら…」

「俺も気にしな…って、名前…?」

「知ってるに決まってるよ。友達がね、君のファンなんだ」

「…やべ、嬉しい」


そう小さく呟いたのは、幸い聞こえていなかったらしく、綺麗にスカートを翻して踵を返した彼女は、次にはこちらを振り返る。 揺れる髪が、本当に綺麗で目が離せない。


「バイバイ、黄瀬くん」


彼女が小さく手を振った。
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