Runaway train

□…
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待ちに待った夕方、黄瀬は一人、打ち合わせ場所である会議室にいた。まだ打ち合わせには30分程ある。待ち遠しい。

さて、どうやって彼女を落とそうか。
この前、キスはクリアした。しかもディープ。とすれば、あちらも少なからず意識はするはずだ。
そうならば、自分の経験上あと一押しのはず。 黄瀬は一人なのをいいことに口角を上げた。

椅子に浅く腰掛けた状態から手足をぐっと伸ばすと、カチャリ、とドアが開く。ちょうど良いので、そのままの笑顔でそちらを向いて挨拶すれば、良い返事が返ってきた。


「この前は、ありがとうね」

「いや、当然ッすよ。撮影始まってからも、何かあったらぜひ、俺を頼って下さい」

「本当にありがとう。でも、出来るだけ私も自分で頑張ってみるよ」


俺はつくづく運が良いらしい。無防備にも男一人の部屋に女一人で乗り込んで来たのは、嬉しいことに千鶴だった。これはもう、ニヤニヤが止まらない。


「ご機嫌だね。何か良いことでもあったの?」

「そうっすね。今日は青峰っちって言う人にいいとこまで攻められたんでね。悔しいことにまだ勝てたことないんですけど」

「へえ〜私スポーツなにもしてこなかったから羨ましいな」


そんな軽い会話を交わしつつ、彼女は黄瀬の隣の椅子に座る。パイプ椅子の裏に名前が貼られ、座席が指定されていたためだ。


「あの監督ちょっと時間にルーズな人だから、みんなそれに合わせて少しだけ遅れて来るの」

「千鶴さんは?」

「黄瀬くんはその事知らないと思って、一人で暇してるかな、と思って。…あ、でもあの人、撮影の時は誰よりも早く現場に着いてるよ」

「尊敬できるのかできないのか…」

「本当だよね。作品作りに関しては最高の人だもん」


内心、黄瀬は自分の事を考えて早く来てくれたことをすごく嬉しく思った。
そのあまりの嬉しさに、先程まで考えていた作戦も忘れてしまう。ただ無意識に千鶴の脇に手を入れて持ち上げ、自分の膝の上に向かい合うように座らた。


「え、どうしたの?急に」

「触れたくなったから?」

「…いつか刺されるよ。黄瀬くんは」

「何すかそれ。大人の余裕ってやつ?」


つまらない。予想した反応とは異なっていたため、顔色を変えない千鶴を前に、黄瀬は唇を尖らせた。


「あのね、黄瀬くんがそのつもりじゃなくても、今この場に誰かが来たらあらぬ誤解を受けちゃうよ」


あまりの悔しさに黄瀬が顔を近づけても、平気な顔。たいていの女は顔を赤く染めて落ちるのに。

(……………むかつく、)

黄瀬が噛みつくようにキスをした。


「…ん、」


千鶴の化けの皮を剥がしたい一心だった。所詮、女は繕った生き物だと思っている。それは、黄瀬としてはこれまでの経験から当然のこと。

一度顔を離す。相手の顔を見ればまだ余裕な顔。当然慣れているのか。むかつく。
黄瀬は再び、キスを落とした。
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