Runaway train

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「もっと洒落たもんないんスか…」


そう独り言さえ呟くのも無理はないくらい、家にはお客さんに出せそうなものはなかった。
と、食器棚の下の段の奥を漁ったら、なんか良さげな箱がでてきて、開けるとそんなに高そうではないが、結構お洒落な焼き菓子が顔を出す。
母さん、1人で食べるつもりだったな、なんて毒つきながら、皿に適当に盛り付ける。
そうして、後ろではお湯が沸いたらしいので、2つ珈琲を入れ、受け皿にシュガーとミルクを添え、既にお菓子の乗っているトレイに乗っける。


「よし、」


トレイを片手にキッチンを後にし、階段を登り、自室に向かう。自室ながら緊張してしまい、大きく息を吐き、ドアノブに手を掛け、ゆっくり開ける。


「あ!ありがとー」

「いいえ」


そう笑顔で出迎えてくれる先輩に更に緊張してしまう。床に座って大人しくしている辺り、謙虚さが俺が初めて関わる女のパターンだと思う。
今までの女なら部屋に呼んでたら真っ先にベッドにダイブしただろうから。まあ、それが悪いとかじゃないんだけども。


「すんません。こんなんしかないっスけど」

「そんなことないよ。すっごいお洒落ー」

「そう言ってもらえると嬉しいっス。さ、食べて下さい」

「どうも。じゃあ、遠慮なくもらっちゃうね」

「どうぞ」


早速クッキーを手に取り、モフモフと口に含むその姿はさながら小動物の様。


「うん、おいしい!黄瀬くんも食べよ」

「はいっス」


そう手渡されたマーマレードを一口。うん、おいしい。母さんが独り占めしようとする訳だ。
俺が食べてる間に珈琲を手元に持って行き、シュガーとミルクに手を掛ける彼女はどうやら生粋の甘党らしい。
そんな所も可愛いな、と思いつつ、残りのマーマレードを口に入れる。


「この服選んでくれた友達、バスケに詳しい子なんだけど、携帯の黄瀬って名前見たら反応してね」

「聞いたんですか?俺のこと」

「うん。駄目だった?」


「いいや、全然」

「キセキの世代って呼ばれてるんだってね」


唐突に呟いた彼女に驚く。てかマジナイス、友人!自分から言う勇気無かったから、丁度良かった。
小さな練習試合だと、ほかの野郎に絡まれると厄介だから呼べないけど、大きな大会なら人が集まるから、その時にでも是非見に来て頂きたい。マジナイス、友人!あなたと友達になりたい。


「そうっスね。俺一番下っ端なんスけど」

「でも去年からバスケ始めたんでしょ?それなのにすごいよ」

「そんな!なんか照れっス」

「いいな、私運動はてんで駄目なの。黄瀬くんさ、かなりモテるでしょ?」

「まあ、それなりに」

「うわー回答が憎い」

「憎いってひでー。てか、それ言うなら先輩のが」

「私そういうのと縁ないから」

「嘘だー」

「本当だよ。しいていうなら、今日くらいだなー。小学校以来、男の子の家に遊びに行ったことないもん」

「やべ、それ本当ならマジで嬉しいっス」

「本当の本当」


駄目だ、嬉しい。嘘付いてる顔にも見えないし、あながち仕事が忙しくて男に構ってられないってことだろうか。
こんな可愛いの、男がほっとくはずないのだから。
というか、この素直そうな笑顔も、女優の成す技だった、と言われても、彼女の演技力なら納得いく。それでも、騙されても良いとさえ思うのは、惚れた弱みって奴だろうか。


「ねー、この年の男の子ってみんな持ってたりするのかな、あーいう本」

「あーいう?」

「…エッチな本」


呆気なく発せられる言葉に飲んでいた珈琲を吹き出しそうになる。


「コラ!女の子がそんなこといっちゃダメッスよ!」


頼む、そんな可愛い顔してエロ本とか口にしないでくれ。でも、そんなギャップもいいかもなんて、思ってしまう俺も大概末期だ。


「えーいいじゃん。で?黄瀬くんの部屋にはあるの?」

「…まー、この前青峰っちに借りたのぐらいは、」

「あるの?見たい、見てみたい!」

「ダメ。絶対ダメ」


えー、なんて可愛く頬を膨らませたって駄目なものは駄目。それに、あれ結構マニアックな性癖のやつだから尚更駄目。
てかなんでそんな興味深々なんだよ。おかしいだろ。普通引くだろ。


「お願い」

「駄目。それ以上言うとキスするッスよ」

「…それは、」


なんて今までエロ本見たい見たい言ってた女の癖していきなり顔を赤らめ出す。
そして、余程エロ本に興味があるのか、じわじわとこちらに顔を近づけてくる。だが、向かう方向はどう見ても、頬。


「駄目。ちゃんと唇して下さい。自分から舌も絡めて」

「え、」

「じゃなきゃ見せませんから」


どこに、と言わなかったのをついたつもりだったのだらうが、俺が気付かないとでも思ったか。
顔をこれ以上ないくらい赤らめ、涙目な先輩。なら見たいとか初めから言うなっつの。それに、実は結構楽しんでるでしょ。


「早く、」

「わ、わかったよ」


そう目を閉じていれば、微かに彼女のサラサラの髪が頬を掠め、次にはあの人一倍柔らかい唇がこちらの唇に重なる。
しばらく唇の形を確かめるかのように唇で唇を挟まれ、前戯とも言える行為が続く。
ほら、やっぱ先輩も楽しんでる。
何度か啄むように角度を変えてようやく彼女の舌がこちらに入ってくる。
待ちわびていた行為に、遠慮がちのその舌に自分から吸い付く。
ちょっと甘めのコーヒーの味がするその熱い舌は、初めこそ拒否反応を示したものの、次第に乗り気に絡んでくる。
しばらくして離れると、お互いの唾液で繋がった。
離れた時の彼女の余裕の無さそうな、だけども名残惜しそうな表情は何度見ても格別だ。こんな表情、俺以外の誰かに見せるのだろうか。
まあ、一先ず言うべきは


「合格」


の一言だろう。
12|03[逢い引き]


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