Runaway train

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「…出待ちっスか。みょうじ家父」

「何だそれ、呼びにくくねぇの?椿でいいよ。ちゃんと名乗ったじゃん」


家からして風呂もでかいんだろうなーと思って、重い体を元気づけて風呂に入ったら、期待を良い意味で裏切ったそこは、大きな檜木風呂だった。本当にここは、模範的なお屋敷だ。
遠慮なしに堪能した末、外に出ると、待ち構えていたのはみょうじ椿さんだった。


「何スか、椿さん」

「いやさ、断られたみたいだから、夕飯」

「すんません。家で母親が待ちかまえてるんで」

「だよなー。無理に誘うのはよくないからなー」



頭の後ろで手を組み、その場でくるくる回転しながらいかにも残念そうに言った。俺が遂に冷めた目で見るようになった時、椿さんはやっと止まり、いかにもいやらしく笑う。それはもう、下ネタを嬉しそうに味わう先輩そのものだった。立派な大人とは思えない。


「で、どうだったよ、アイツの稽古」

「そりゃもう、鬼でした」

「だろうな。珍しく自分からいいだしたんだからな。張り切ってんだろ」

「…自分から?」

「あれ、アイツ俺がやれって命令したって言った訳?」

「そうっスね」

「お前のこと相当気に入ってんだな」


子供っぽい椿さんは、この時は親の顔で嬉しそうに笑うのだった。


「家の関係者以外で、素で話せる相手が初めて出来て嬉しいんだろうな」

「俺が口出しちゃいけないんだろうけど、厳しいっスよね、この家」

「本当お前、そこらへんの線引きわかるからイイわ。でももっと子供っぽくあれよ、少年」


バシバシと肩を叩かれて、遂には頭をぐしゃくしゃにかき回される。本当この人お父さんよりお兄さんの方がしっくりする。


「俺が昨日言ったこと覚えてる?」

「…ああ、勿論。一晩考えてもよくわかんなかったっスけど」

「だろうな。でも直にわかるさ」


昨日、色々言われた末に最後出て行く時に言われた台詞。

『この一週間でいろんな違和感を感じると思う。それをどうにかしてくれないかって、期待してるんだよな、お前にさ』

これだけで理解しろって無理に近い。誰がとか、何をとか、もっと詳しく教えてほしい。大体何で今日会っただけの俺にそんなに期待するのかわからなかった。直にわかるって、たった一週間で何がわかるんだ。


「やっぱ帰るんだよな」

「はい」

「なまえも多い人数で食べた方が嬉しいと思うんだけど」


そんな事言われても、俺一人でそんなに変わるとも思えないけどな。


「あと、明日から朝練ありだから」

「え!?俺部活あるんスけど!」

「その前、7時から。朝飯はこっちで食えよ」

「ここ学校からえらい遠いのわかってます?」

「知ってるよ。遠いとなまえもバレにくくなるから、小学校からこの方、あえて距離がある所に行かせてるんだ」

「徹底してますね」

「そりゃもう。…来いよ、絶対」

「…はい。ありがとうございました」


頭を下げると、満足気に笑って、ひらひらと手を振ってくれた。
挨拶し、その場を後にする。

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