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□日常。
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「ね、ね」
スタジオの中央のソファー。
ベースとノートとを睨めっこしていると、恋人の腕が僕の腰に絡み付く。
あからさまな猫なで声に、甘えたいのだと気づく。
いつからかこんな風に当たり前になったけれど、出会った当初は大変苦労した意志疎通を心の中で笑った。
「なあに?竜ちゃん」
自らもその甘い香りのする体にすり寄った。
スタジオの片隅、同い年からの突き刺さる視線も無視。
キョトンと頬を染める新メンバーも、ごめんね。無視。
最近、思う。
バンド内で一番、公私の使い分けができていないのは自分じゃないかな。と。
それこそ付き合い初めの頃はスタジオではぎゅう禁止。ちゅう禁止。
人差し指を恋人の鼻っ面に突きつけたもんだったけど…。
いつだったかをきっかけに。ああもういいかーなんて思考へと堕落して、
中ちゃんからの小言を受けながら、それもまあ幸せだな。なんて感じてしまった。
年とったなー。
甘えることに抵抗がなくなった。
頼ることが恥ずかしくなくなった。
それは俺的には「いい年の取り方」ってやつなんだけど。
さらさらの黒髪に指を通せば、彼の飼い猫みたいにその黒目が細まる。
僕が笑えば、彼もまた笑う。
スタジオ内の異様な空気。
目をくりくりにして驚いているケンケンには申し訳ないけど、その目は瞑っていただくこととする。
唇と唇が近くなった僕らみたいに。
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