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□にょたあい。
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#3お医者さんごっこ


車が止まれば、そこはもう僕の学校の前だった。
いつもの校門が、リムジンの窓越しに見ると、全然違う景色みたいだ。

レンさんは、僕の髪を撫でてくれていて。
僕は寄りかかって、目を閉じて。
どこか安らいだ気持ちになっていた。

……離れたく、ない。

じゃぁ、放課後にね、なんて言う雰囲気ではなかったし。
どうすれば、いいのかな……?
躊躇いながら、車を降りる。

黒塗りの大型車で校門前に乗りつけるなんて。
そんなの、僕の学校では、誰もしていない。

少し離れた所に止めて貰ったにも関わらず、既に道をゆく人の注目を集めてしまっていた。
今、僕はこんな身体だし。
ひとに見られたら、どこか変なところがあるんじゃないかって、すごく気になる。

いつもの通学路なのに。
ここに居てはいけないみたいな居心地の悪さに、身を竦めた。

レンさんは、降りてきたかと思うと、運転手さんに何か言ったり、トランクの方へ行ったり。
けれど、すぐに僕の前に立って。
まるで……視線から、かばってくれるみたいに。

……こういうの、って。
ちょっと、嬉しいかも、です……。

す、と真っ直ぐに伸びる背に、流れる髪の曲線が映える。
漆黒の生地に、深紅の髪。
鮮やかすぎるそのコントラストに、僕でなくても見惚れてしまう。

夜の、人工の灯が似合うと思っていたのに。
早朝のあかるい陽光のもとでも、光り輝く、淡麗な横顔。
……とても、きれいだ。

レンさんの後ろに控えていれば、僕は衆目を集める心配なんて、まるきりしなくっていいように思えた。

そのまま。
隠れるみたいにして、半歩遅れて歩きだす……はずが。

「わ、……ぁっ!」

僕は軽々と、横抱きにされてしまった。
それだけで、ものすごく周囲の注目を集めているのがわかる。

……ええと。
その。

こういうの、僕は少し苦手で。
とても、緊張する。
一気に頬が紅潮するのがわかった。

「下ろしてください……自分で、歩けますっ!」

「駄目」

目立たないように小声で抗議したけれど、聞いて貰えるわけもなくて。
レンさんは、こういうの……時々、すごく強引だ。

ちょうど、校門前に生徒がたくさん居る時間帯だったから。
ちらりと視線をあげれば、幾つも知った顔がある。

レンさんは、ただでさえ目立つ人で。
その上、今朝は。
身に纏っているのが、受験生なら知らぬ者はないほどの、超難関校の制服で。
黒いブレザーの胸元に燦然と輝く校章は、ヒエラルキーの頂点を示す。

(あれは……雀ヶ森レン)
(FFの雀ヶ森レンじゃないか)

ざわりとさざめく生徒たちの間から、その名も聞こえた。
……有名人なんだ。

あんまり、その……無茶なことは、しないで欲しいんだけど……。

レンさんは衆目を集めたまま、平然と。
一度も来たことのないはずの校舎へと入ってゆく。

しかも進んだ先は、生徒の使う裏口じゃなくて、堂々と来賓用の玄関の方からだった。
僕なんか毎日通う学校なのに、ほとんど使ったことがない。
先生に見咎められたら、どうするつもりなんだろう。

……と、心配していた傍から、声がかかる。
外部の者が勝手に入ってきては、との咎めは、当然ともいえた。

僕はなるべく顔が見えないように、長い前髪に隠れるようにして俯いていたのだけれど、レンさんは動揺のひとつもせずに。

この子が、通学途中で気分が悪くなって。
貧血気味で低血圧なのはいつものことだから、しばらく寝ていれば回復します。
保健室に連れて行きたいんですが、どこにありますか。
僕は親戚の者です。いつも校門まで一緒に通学していて。

すらすらと、平然と、都合のいい作り話を語りきってのけた。

……すごい。

呆れながらも、感心してしまう。
頼りになる、と思ってしまっていいのだろうか。

嘘を吐いて授業をさぼるとか、そういうのはちっとも考えられなくて。
けれど、このまま普通に授業を受けてとか、……確かに、ちょっと無理な気持ちもあって。

僕のことを考えてくれている……んだよね?

あんまりにも自分のペースの人だから、好き放題にされている気が、少しだけしなくはないけれど……。

きっと。
けれど。
結構。
……大事にされている、のかな?

こんな時じゃなかったら。
きれいで格好いいレンさんが、みんなに注目されながら平然としている場面とか、好きなんだけどな。
僕には、とてもできそうにないことだし。
そんなレンさんと並んで歩くのは、少しだけくすぐったいけれど、誇らしくて。

僕がほとんど寝たふりみたいに目を閉じて、ただ運ばれている間に。
レンさんはその調子で、保健の先生まで丸め込んでしまった。

よく貧血を起こすんです、ちょっと今日は寝不足だったみたいで。
寝ていたらきっと治りますから。
付き添いは僕だけで十分です。
僕の学校は単位制なので、出席はそれほどうるさくないんです。

顔を伏せていた僕は、眠っていると思われたみたいで。
さっさとベッドに寝かされて、カーテンが引かれた。

そのまま力を抜いて。
レンさんが滔々と淀みなく語る嘘八百を聞く。
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