R_A
□R×A SS
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Melt
※闇アイチFF加入後
「おいで、」
短い言葉で、レンは誘う。
アイチには、それだけで十分だった。
請われるままに、レンのマンションに転がり込んだアイチは、FFの運営やらチャンピオンとしての仕事やらをこなしながら学校に通うレンの多忙さまでは予想できなくて、同じ部屋に暮らしながらひとりきりで取り残される日がほとんどだった。
学校から帰ったら、前日にどれほど散らかしても、業者が掃除と片付けを終えていて、常に生活感のない清潔さに囲まれる。
「……、」
学生鞄をソファの上に投げ出して、アイチは溜息をついた。
詰襟の制服を、崩すこともなく着込んだままの姿である。
レンが脱ぎっぱなしにしたコートや、半分だけ食べて放置したフィナンシェが残されたままになっていれば、不在の時にも彼の存在を感じることが出来るのに。
革張りのソファに身体を埋めた。
寝室に行ったところで、シーツから何から新しいものと取り替えられていて、レンの匂いもしない。
テーブルの上には新鮮な果物と焼き菓子が常備されていて、アイチが欲しい時に欲しいだけつまめばいいようになっていたし、夕食はシェフが作りにやって来る。
何から何まで整った環境で、アイチはけれど、少しも満たされた気がしなかった。
「……レンさま、」
デッキを取り出して、卓上に広げる。
これだけが、レンと繋がる絆だ。
苛立ちに任せて投げ出すわけにもいかず、握った拳でガラスの天板を叩いた。
そこにがたがたと気配がして、訝しげに玄関の方を見れば。
「アイチくん……帰ってる?」
いまだ、夕刻にも早いほどで。
こんな時間に、まさか出会えるとも思っていなかった想い人の姿に、アイチは蒼い目を丸くした。
「レン、さま……?」
応接室に入ってきたレンは制服のままで、校章の刻まれた鞄を携えている。
黒いブレザーに白のカッターシャツ、真っ赤なタイをきっちりと絞めて、長い髪を高い位置でひとつに纏めて。
同じチームに居るとはいえ、普段、アイチがあまり目にしない姿だった。
(きれいな人、)
しばし、ぼんやりと見蕩れる。
普段の丈の長い装束ではあまり表に出ないけれど、レンは骨格も筋肉のつき方もバランスがよい。
アイチは絡み合う時もそれが見たくて、着衣を剥いだりしているのだけれど。
今の格好だと、肩から二の腕に続くラインや、背中から腰にかけての引き締まったカーヴが服の上からでもわかる。
「……レンさま、すごい……色っぽい、です、」
ソファから立ち上がると、アイチは猫がそうするみたいに、レンの胸に寄り添った。
首の後ろに手を回して、伸び上がって口付ける。
「……悪い子だ」
軽くついばむキスに応じると、レンはしかし少年の肢体を引き剥がした。
「久しぶり、なのに、」
唇を尖らせたアイチの髪を撫でて、頬にくちづけを、ひとつ落とす。
「お土産があるんだ。早くしないと溶けちゃうからね」
あとでね、と。
わざと吐息に乗せた艶めいた声で、耳元に囁いた。
「……な、に、……?」
差し出されたファンシーな包みを受け取ると、アイチはその冷やっこさに、首を傾げる。
「本部にたくさんあったから貰って来た。きみがすきかと思って、」
レンは言い残して、キッチンへと消えた。
リボンを解いてパッケージを開けると、ドライアイスの霧の向こうに、色とりどりの丸い塊が沈んでいる。
アイスクリームか。
……どうしよう。
箱を開けて、中に一緒に入っていたスプーンを取り出すと、あとは座って待つしかやることがなくなった。
「僕、に……?」
レンは紅茶のポットとカップを携えて戻ってくる。
テーブルを挟んだ向かいではなく、アイチのすぐ隣に腰を下ろした。
至近の横顔を見上げて問うと。
「きみに、」
目が合ったから、許された気がして。
アイチは少しだけ距離を詰めると、レンの胸に凭れかかった。
腰に手が回れば、引き寄せられるように膝の上に乗る。
向き合うようなかたちになって、レンの首筋に顔を埋めた。
「食べにくいよね?」
レンはざくざくとスプーンを突き刺して崩したシャーベットを掬って、アイチの口元に差し出した。
「ん、」
舌先を伸ばして、つめたい甘い塊を舐め取る。
ちろちろと舌を動かして、最後にぱくり、と、スプーンを口に含んだ。
綺麗に食べ終わると、次の一口を、またレンが用意する。
はむ、と咥えて、アイチはうっとりと目を閉じた。
「……甘いの。すごく、しあわせです」
「ぅん。アイチくんは、やらしい食べ方をするね。誘ってる?」
あえて、問いかけには答えずに。
「いちごあじ、」
アイチは舌先を伸ばして、レンの唇をぺろりと舐めた。
首を傾げて、反応を伺うように表情を覗き込む。
「そうだね」
甘さの薄いレンの反応に、アイチは唇を、きゅ、と結んだ。
けれどまた新たなひと口を差し出されると、小さく口を開ける。
「ばにら、」
白く染まったくちびると、舌先を、無防備にさらして。
瞼を。
……伏せる。
「……こら、」
アイチの蒼い前髪に長い指を潜らせて、くしゃくしゃとかき混ぜながら、レンは軽くたしなめた。
不満げにアイチが目を開けると、睫毛が触れ合うほどの距離で、視線を絡める。
「ばにら?」
舌足らずの口調を真似て、訊いた。
「ん、」
アイチが、短く頷く。
「僕にくれるの」
「レンさま、に」
アイチがちろりとのぞかせた舌の先を、レンは請われるままに舐めた。
華奢な背が震えるのを、あえて煽りもせずに離れる。
「もっと」
不満顔の目先に差し出すのは、スプーンの上でとろけるピンク色。
「そうじゃない、です」
「いらない?」
それでも、レンが問いかけると、アイチは首を振った。
かふ、と、一口で頬張る。
「……もも」
あまいの、つめたいの、すき。
高くつくった声音で、発情を隠しもせず、呟いた。
「僕にも頂戴」
レンが言うと、アイチの顔が輝く。
水面のような蒼い眸が、熱く潤んで。
だいすき、と。
無言のうちに、身体じゅうで、伝えた。
唇を合わせて。
甘い甘いその味を、粘膜の合間で混ぜあうように、舌を絡める。
「もっと……、」
「仕方のない子だ」
深すぎる口付けに、アイチが唇の端から零した唾液は、仄かにピンクの色を帯びて。
顎の先から首筋にまで伝いそうなのを見て取ると、レンは指先で軽く拭った。
そのまま詰襟のホックに手をかけると、襟元を寛げる。
「制服姿もえっちで可愛いよ。けれどこんな食べ方では、汚してしまうね」
続くジッパーを下ろすと、学生服の上着は簡単に暴くことが出来た。
「僕、……も。レンさまの制服すがた、とてもえっちだって、思ってました」
向き合うアイチも、レンの制服のタイを解きにかかる。
慣れぬものとみえて手つきは覚束ないけれど、それでもどうにかやり遂げて、シャツのボタンをひとつひとつ外してゆく。
そうして現れた素肌に、アイチは陶然と唇をあてた。冷えた口元にレンの体温を感じながら、
「きれいだから汚したいな。ね、……あいすで、貴方をどろどろにしたい」
酔うみたいな調子で、乞う。
「きみが、下のお口でも上手に食べられたらね」
レンはスプーンを放棄して、指先で直接掬った氷菓を、アイチの唇に押し当てた。
ちぅ、と音を立てて、アイチはそれを吸う。
「……ちょこみんと、」
だいすき、と告げる代わりに、短く名指しした。
「とてもすきだよ」
レンが言うのは、アイスの味のことだろうか。
自らの指の上から、アイチの唇へと移ったそれを、丁寧に舐める。
甘く蕩けそうな、少年に向かって。
甘く蕩けそうな微笑を、浮かべた。
終
2012.01.15
2997字