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□R×A SS
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シリウスサンドイッチ
55話を見て思ったこと
ネタバレでも何でもない
光アイ、光レン、レンアイ
試合の前に、お話したいことがあるんです。
アイチの言葉に導かれて来てみれば、そこは豪奢なつくりの観覧席だった。
重厚な扉を開くと、足音を消す絨毯が敷かれていて、天井まで総ガラスの正面に向かって、革張りの椅子が一つ。
柔らかなカーヴに埋まるようにして、華奢な少年が腰かけていた。
「アイチくん、」
光定は呼び掛ける。
場の雰囲気に気押されそうだったから、見知った彼の悠然とした構えが心強い。
「光定さん、……よかった、来てくれて……、」
見上げる頬に、仄かに朱が差した。
元々が色白なせいでその変化は際立って、どこか艶めかしい。
戸口に立ちつくすのもおかしいし、椅子から立ち上がる気配を見せぬアイチの傍へと、光定は歩を進めた。
「どうしたんだい、こんな所へ呼び出して。貴賓室なのかな、ここ……豪華すぎて落ち着かないよね、」
観葉植物が高そうだ。
その鉢も高そうだ。
照明が高そうだ。
そもそも壁が石貼りなのが、物凄く高そうだ。
きょろきょろと、視線があちらこちらへ流れる。
「光定さん」
アイチは、光定の視線が自分へと戻るのを待って、今一度呼び掛けた。
吐息混じりの囁くみたいな声は、至近でないと聞き取れない調子で。
光定は、誘われるように、一歩。
また、アイチの側へと。
「……なんだい、あらためて」
「あの、……僕、っ、その……、」
立ち尽くす光定を椅子の上から眺める姿は、尊大にも思えたほどだった。
けれどその表情は一転して、少年は歯切れの悪い物言いで、懸命な様子を見せる。
「えっと、……すき、なんです……初めて逢った時から、」
勢いよく言い始めて、けれど言葉は曖昧に消えた。
ひた、と合わされた目線も、中途からは自信もないように逸らされて。
アイチは光定の正面に座りながら、床の何処か一点を見ている。
伏せた瞼を縁取る長い睫毛が、震えていた。
「……え、ぃや、ぇえと……なんで、……ぃや、ありがとう、」
真っ赤になって俯いてしまったアイチから、光定は目を逸らせない。
どう言っていいかわからなくて。
どうしたらいいかわからなくて。
やっと、それだけ口にした。
「ごめんなさい、」
アイチはその困惑した様子を汲んで、ますます俯いてしまう。
「え、と……ちょっといきなりで、困ってしまっただけで、その、……正直言うと嬉しいよ。きみみたいな子に、そんな風に思って貰えて」
アイチの眦に、涙の粒が光る。
薄紅の頬に一筋、流れて。
……綺麗だ。
怖いくらいに、綺麗だった。
見つめて。
見惚れて。
……引き寄せられる。
と。
不意に、アイチは顔を上げた。
捨て鉢のような勢いで、立ち上がる。
そうすると、とても近い。
腕を伸ばせば容易く抱き寄せられる、半歩に満たない距離だった。
「し、試合の、まえに、っ」
ひた、と視線を合わせて来るアイチの蒼い眸から、光定も目を逸らすことができなかった。
吸い込まれるような、深い深い海の色だ。
……きらいではない。
あんまりに真剣で。
あんまりにまっすぐで。
少しだけ、困惑するけれど。
そういうのも。
きらいでは、なかった。
「……前に?」
言葉を呑みこんでしまったアイチに、光定は続きを促す。
「えと、大事な試合だから、その前に……だいすきな光定さんに、あのっ……キスして貰えたら、……僕、」
勇気が貰えると思うんです、と、続けた時には最初の勢いはなくて、アイチはまた俯いてしまった。
「……っ、ぇぇぇぇぇえええっ?!」
予想外の雰囲気の中。
更に予想もつかなかった申し出に、光定は対応しきれずにわたわたと無駄に動いた。
手の置き場にも、足の置き場にも、普段意識していない意識が行ってしまって、このままでいいのか自信がなくなる。
「あっ、あのっ、……すみません、すみません、僕、変なこと言っちゃって、あの、……わ、忘れて下さい……!」
「いや、忘れるとかそんな、……けれどそれは、きちんとお付き合いをして、それからしばらくしてお互い分かり合えた頃に、その、するものじゃないかな……」
光定も自分の言っていることになんだか自信が持てなくなって、言葉尻が弱まる。
「ごめんなさい……そうですよね、気持ち悪いですよね、いきなり言われたって」
アイチの声の弱弱しさは、けれどその比ではなくて。
声は、揺らいで、みだれて。
いっそ消えてしまいそうだった。
「きっ!気持ち悪くなんかないよ!そんなことは絶対にない、きみはとても魅力的だよ」
酷く落ち込んだ姿に、酷く悪いことをした気がする。
光定はどうにか挽回しようと、努めて明るい調子で、言った。
「……でも、きす、やだって、」
「厭なわけないだろう。僕だって、できればその、」
目を逸らして天井を見る。
そのままでは駄目なことくらいわかるから、一度、少年の細い肩のあたりに視線を移して、それから、勇気を振り絞って、蒼い眸を見下ろした。
潤んだ目。
艶めく頬。
……濡れたくちびる。
鮮やかな、その色。
鼓動が、速くなる。
煩いほどに。
どく、どく、どくん。
緊張のあまり目を逸らそうとしたら、その前にアイチが小さく口を開いた。
「……じゃ、あの、……お願い、します……」
言って、目を閉じる。
光定の肩に手を置くと、体重をかけて支えにした。
少し、背伸びをする。
唇を、薄く開けて、受け入れる姿勢で。
「……ッ、」
光定の頬にも朱が走った。
これでは、口づけというよりも。
上の口を、犯す、といわんばかりの。
けれど拒絶することなど、できるはずもなく。
震える肩に手を置いて、顔を、傾ける。
音もなく、一度、微かに触れて。
離れる。
緊張しすぎて息を止めてしまったことに気づいて、顔を背けて呼吸を整えた。
それから。
今一度。
少年の柔らかな唇に、自らのそれを、……重ねた。
下唇のふくらみを、両のくちびるで挟むようにすると、アイチが小さく震える。
肩に置かれた手が下におりて、しっかりと背中を抱くかたちに。
胸と胸の距離が縮まって、鼓動が伝わりそうだ。