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□あけおめレンアイ
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あけましておめでとう、アイチくん。

レンさんは静かに言った。
満面の笑みで、すごいテンションで、逢うなりぎゅってされるかと思っていたから、少し意外な気がする。
漆黒の羽織と袴に夜空みたいな濃藍の着物を合わせて、すらりとした長身にずるいくらい似合っていた。

午前五時。
大晦日の夜は家族と過ごしたい、という僕の意見を渋々ながらに受け入れてくれたレンさんは、その代わりに初日の出を一緒に見ましょう、絶対です、と熱烈に誘ってきて、お迎えのリムジンに連れ去られた僕は、まだ外が暗いうちにレンさんのお家へと辿り着く。
新年の挨拶もそこそこに、金箔と真っ赤な薔薇の花を浮かべたお風呂に入れられて、別室にてスタッフさんによるお着替え。
ようやくレンさんと正面から対峙した時には、きらびやかな錦の振袖を纏って、深紅の帯を締めた盛装へと変わっていた。

「これ、女の子の恰好です……、」

躊躇う腕を少し上げれば、袖口の絹地が素肌を滑る。至近でよくよく見れば、金糸の縫い取りは薔薇の花を形取っていた。
お風呂のせいで薔薇の芳香を纏った今の僕の膚に髪に、これほど似合いの装束もないかもしれない。
……女ものなのが腑に落ちないけど、レンさんはやっぱりセンスがいい、よね。

「可愛いですよ、アイチくん。どんな女の子よりも、よほどね」

「そういうのは嬉しくないです」

「僕と対になるよう誂えたつもりの衣装なんだけど、気に入らなかったかな?」

レンさんの着物は近くで見ると銀糸の縫い取りが散らしてあって、夜を流れる星みたいだ。
それに、藍は僕の髪の色でもあり、眸の色でもある。
対して僕は金色の曙光みたいな振袖に、レンさんの髪と眸の色の帯を締めて。
並べば確かに、僕たちはうつくしく対を為すだろう。

でも。

僕は、耳の上の違和感に手を伸ばす。
大きな薔薇の髪飾りには、さすがに慣れない。
爪にも深紅のネイルを乗せられて、心なしか重たい気がする。

「気に入らない、とかじゃないです」

つい、と視線を斜め下に流したけれど、レンさんが僕の手を取って甲にくちづけるものだから、つられて顔を上げてしまった。
真紅の眸が静かに微笑む。

至近。

和装のせいか、いつもと雰囲気の違うレンさんの美貌に、鼓動が跳ねた。
……慣れているはずなのに。

このひとの華美さにも。
精悍さにも。
慈しむみたいな優しい眼差しにも。
薄い唇が微笑みをかたちづくる時の、僅かな色香にも。

鼓動はどんどん速くなるし、顔が熱い。
だけど。

流されちゃだめだ。

「あけましておめでとう、なのに、ご機嫌斜めは悲しいですよ。笑って、アイチくん」

ほんのりと紅を差したくちびるに、軽い口づけが降って来る。
真っ赤な髪の先が頬に触れて、くすぐったい。

「着せ替え人形みたいにされるの、ちょっとやです。僕、レンさんに勝てることだって結構あるのに、いつまでも子供扱いで」

「こいびとを自分好みの恰好にお着替えさせるのって、僕の夢だったんだけどな。だめですか?」

「……う。だめじゃ、ないです」

……しょんもりした顔するの、ずるいです……。
これがレンさんのやり方なんだって知っていても、つい、押し切られてしまう。

「よかった!アイチくんにきらわれてしまったら、どうしようかと思ってたんです」

満面の笑みも、……ずるいです。

「でも、今日だけですよ。僕だってもう高校生なのに、いつまでも女の子みたいじゃありません」

「うん。それじゃあ来年のお正月は、僕と揃いの紋付き袴にしましょうか」
 
繋いだ手を引かれて、リビングの向こう、特別な時だけの硝子張りの寝室へと誘われる。
円形のフローリングの真ん中に、同じく円形のベッド、天井から壁はプラネタリウムみたいな半球形の特別室だ。
仄かに空が白んでいるそちらが東なのだと、今、知った。
高層ビルと電波塔と大きな橋と観覧車と、ずっと向こうの海までが一望できる。レンさんのお家の中でも、とびきりの眺望だ。
街は未だ眠りの底、本来ならばそのはずなのに、お正月のせいか、きらきらした灯がいつもより多い気がする。
星空と街あかりの間、透明な天蓋の下。

今年最初の曙光が、ひとすじ、ビルの果てから差した。

「ハッピーニューイヤー、アイチくん!」
「あけましておめでとうございます、レンさん」

改めて向き合って、律儀に深々とお辞儀をし合う。
……へんなの!

少しだけ笑って、顔を上げる。
繋いだままの手に、今一度くちづけを落とすと、レンさんは僕の薬指に指輪を嵌めた。
うまれたばかりの新しい曙光に似た、きんいろのリングだ。

「今年のきみに幸運を」

真新しい夜明けを背負って微笑むレンさんは、今年も変わらず、びっくりするくらいきれいだった。
紅い髪が朝陽を浴びて、金粉をまぶしたみたいに輝く。

「……もう!……女の子みたいに扱うの、やめて下さいって言っているのに、」

不機嫌な顔をつくってみても、声が弾んでしまうから。
きっと、レンさんにもほんとうの気持ちが伝わってしまっているね。

きらきら。
豪奢な指輪は薬指を拘束して、僕に約束を強いる。

いつまでも一緒だよ。
どこまでも僕のものだ。

こんなのが嬉しいだなんて。

僕も、心の底から貴方のもの。

今年一年、最後の最後まで束縛して。
そうして来年になったら、また新たな約束を下さい。

貴方のくれる指輪が、僕だけでなく貴方をも縛る。
互いに互いを縛ってようやく安堵する、僕たちは不安で臆病でだめだめな、こいびと同士です。

大好きが、一年続きますように。
あいしてる、が、永遠に続きますように。

今年もよろしくお願いします。
レンさん。
……僕のこいびと。



2013.01.01/2238

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