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□R×K SS
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朝ときみとの物語






瞼に射すひかりの強さで、朝だとわかる。

冬の日、快晴。
6時50分。
目覚ましの鳴る、10分前。

櫂は起き上がると、携帯のアラームをオフにする。

土曜日。
いつもの時間に、起きる必要はない。

櫂自身は朝寝坊の出来る性質ではなくて、休日も、普段と変わらない時間から起きて活動している。
……けれど。

半身を起こしたまま、傍らに視線を落とす。
ふんわりと彼好みの大きな枕に、整った相貌をやんわりと崩した、緊張感のない寝顔の青年が埋もれていた。
癖のある紅い髪が、洗いたての真っ白なシーツに、幾筋も流麗な曲線を描く。

朝に弱いレンは、櫂が隣で起き上がった位では、まず目覚めない。
普段のドSっぷりを欠片も感じさせない緩んだ寝顔に、見下ろす櫂の表情も、自然と甘くなる。

髪に触れて。
頬に触れて。
うっすらと開いた、唇に触れて。

指先で、しばし、慈しむ。

「……いかんな」

たとえ指先だけでも、触れていると邪な気分が頭をもたげそうだ。
誰も見ていないというのに、櫂は一度かぶりを振って立ち上がった。

シャワーを浴びて、着替えて。
朝食の支度が済んだら、レンを起こしに来よう。

算段は、普段通りだ。

するりとしなやかな身のこなしで、ベッドを降りた。

途端。
身体が、後ろに引かれる。
パジャマ代わりのTシャツの裾が、どこかに引っかかったような……。

視線で原因を辿れば。
墨色の布地の端を、レンが、ぎゅぅと握っていた。

「すまん、起こしたか」

「むー」

寝惚けているのか、レンの発言ははっきりしない。
見れば、とろとろと、半ば眠りの淵に片足を突っ込んだような顔で。

「……朝食が出来たら起こす。それまでは寝ていろ」

レンの寝顔に手を伸ばすと、櫂は乱れた前髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
そうすると、レンはパジャマの端を離して、その手に自らの手のひらを重ねて来た。

「櫂、……あったかいです、」

ぼへぇ、とした表情は変わらないが、切れ長の目が開いて、眸の紅が覗く。
普段は鋭いその目も、櫂とこうして迎える朝には、霞がかかったように穏やかだった。

「冷えるから、ちゃんと布団を被っていろ」

自分が抜け出たせいで剥いでしまった部分を、櫂は手早く直す。

「やです、」

立ち上がろうとしたところを、また、今度はパジャマの袖を引かれた。

「レン、朝食が遅くなるぞ」

「構わないよ。僕は、」

半分寝ている癖に、妙に明晰は調子で、レンは応える。

「櫂と、もっと、ずっと、一緒に居る方がいぃ……、」

けれど続く言葉は、語尾が溶けて消えてしまいそうだ。
袖を掴む手から、力が抜けた。
と、思う間に、規則正しい寝息が聞こえる。

櫂は少しだけ驚いて、少しだけ動作を止めた。

そうか、と。
ひとり、呟く。

「……そうだな。ずっと離れていたから、」

櫂はひどく穏やかな笑みを浮かべて、寝顔のレンに言った。
眠りの中のレンが、微笑みを返したように思えたのは、気のせいだろうか。













おまけ。


「櫂ー櫂ーお腹が空いて動けません!櫂ー、」

声と共に、身体が揺すられる。

「……煩い」

半覚醒のまま、状況も把握せず。
櫂は感情のままに、呟いた。

「ひどい、食べ物を与えないのは虐待の始まりなんだよ、櫂。聞いてるのかな、櫂!」

この物言いは、レンだろう。
何を言っているのか。

とにかくやかましい。

「おまえは幼児か。俺は保護者か……、て、……ぇえ?!」

ツッコミを入れているうちに、意識がはっきりとして来る。

朝だ。
朝のはずだ。
今日は土曜日で、けれど目覚ましは定刻に鳴って……。

……いや。

「おはよう櫂。珍しいね、きみが寝坊なんて」

お前に言われたくない。
思ったが、とりあえず大切なのは其処ではなく。

燦々と降る陽光の眩しさが、不穏だ。
櫂は、ベッドサイドの携帯電話を掴んで。

「昼……過ぎ……だと……?!」

言葉を失った。

「熟睡する櫂が可愛すぎて、ちっとも起きないもんだから、色々しちゃったよ」

レンはレンで、相変わらず自由な物言いをする。

「何?!」

その内容に引っ掛かりを覚えた櫂が、自身の身体を見下ろすと。

Tシャツが捲られて、丸見えの胸元に。
真っ赤な鬱血が、幾つも散っていた。

「お前は飯抜きだ……」

「酷い!……いいです、じゃぁ僕は櫂をいただきます」

冷淡な櫂の対応は完全に逆効果で、レンはぷんすか、と口にすると、寝乱れた櫂の上に勢いよく圧し掛かって来る。

組み伏せられて見上げれば、紅の眸が、ひどく嬉しそうに輝いていた。







2012.01.22
1784字
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