R_etc

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レン櫂前提テツレン
今更32話ネタ




Beautiful Alone






櫂は僕が好きだった。
僕も櫂が好きだった。

僕は櫂が好きだよ。
櫂も僕が好きかな。

今日のレンは、いつになく饒舌だった。
決勝戦の会場で櫂と再会してから、その瞬間から。
あからさまに浮足立って、表情も声も昂揚を隠せない。
レンの変化なら見慣れているテツでなくとも、誰が見てもそれとわかるほどの上機嫌。

移動車の中でぎらぎらと紅い眸をひからせて、肉食獣のようなファイトを挑んで来たから、相手はしたけれど敵うわけがなかった。
レンはそれでもデッキを変えて、幾度も挑んで来た。
勝負がつくたびに、テツなどそこに居ないかのようにカードと向き合い、デッキの調整をする。

彼を突き動かすものは、

焦燥のようで。
情熱のようで。
羨望のようで。
野心のようで。

独占欲のようでもある。

「櫂、」

幾度も、その名を出した。

櫂ならどうする。
櫂でなければ。
櫂は今でも。
櫂がもし。
櫂より。
櫂が。
櫂は。
櫂、


テツは負けて。
繰り返し負けて。
黙って自分のデッキを下げる。
精悍な表情に、さしたる変化はない。

けれど、こころは痛むのだ。
鉄壁のようにレンを護る為に、なにひとつ己を揺るがせるものなど存在しないというように、振舞ってはいるけれど。

この数年で、繰り返し問うてきた。
幾度も。
幾度も。
幾度も。
幾度も。
数え切れぬほど。

強さで、レンを変えられただろうか。
強さで、去りゆく櫂を止められただろうか。
強さでみんな、しあわせになれただろうか。

否、という答えしか導くことが出来ない、それもまた弱さなのかもしれない。

レンのように、強さが全てだとは思えずにいる、テツだったが。
さりとて櫂のように、間違いと断じて背を向けることも出来なかった。

「レン様は、……しあわせになりたいとお考えになったことはありますか、」

レンは、ぎらつく野蛮な貌のまま、手の中のデッキを繰っている。
注がれる視線には、灼け付くような熱が込められて。

脳裏では来るべき櫂とのファイトが、幾百通りも幾千通りも再生されていると推察できた。
その特別な力は、どのような未来を読み取っているのだろう。

邪険にされようが。
冷たくあしらわれようが。
背を向けられようが。

櫂が目の前に現れれば、潔いほど真っ直ぐに、レンには彼だけが全てだ。

テツにはその歪さが、不憫だと思えた。
テツにはその歪さが、憐れだと思えた。

テツにはその歪さが、美しいと思えた。

レンは、FF五百人の頂点。
常人と同じであってはならない。
常人と同じであるはずがない。
レン自身が、FFの在り方を体現しているからこそ、今の繁栄があった。
だからこれでいい。

レンは歪で。
レンは孤独で。
レンは憐れなままでいい。

……そのはずだ。

なのにテツは問うてしまう。

友達なのだと、幼馴染なのだと。
未だこころの何処かが、諦めきれずにいるせいだろうか。

(俺は弱いな)

自嘲するテツを、知ってか知らずか。
あはは、と子供のようにレンは笑った。
翳りのない表情は、昔からよく知るレンと、何一つ変わらなかった。

「テツは難しいことを考えるね、女の子みたいだなぁ。似合わなさすぎて逆に可愛い」

「レン様、」

「お前の言うしあわせとは、僕のしあわせのことだろう。お前自身がそのことについて碌に考えてもいないのに、僕には問うのか、」

うたうように声が流れる。

「お前の委ねたしあわせは、僕がこの背に負っている。FF五百人のしあわせを、僕は背負っている。けれど僕は、」

流麗な抑揚は、しばし途切れて。
ひとつ、溜息を。

「……櫂のこともしあわせにしたいんだ。僕ならば、傷だらけで独りぼっちの、櫂の孤独に寄り添える気がしたんだ、……幻想だったんだよね」

視線が落ちて、伏せられた切れ長の目を覆う睫毛が、頬に濃い陰を落とす。

「まぼろしでもよかった、
間違いでもよかった、
悪でもなんでもよかったんだ」

……それで櫂が救われるなら、

レンの言葉の最後は静かに消えて、独白のようだ。
静かなエンジン音だけが、二人の間を埋める。

「櫂の代わりに、僕の傍に居てくれる?」

放たれた矢のように、紅の視線が飛んで来た。
ファイトの時の、切り裂くような鋭さはない。
誘導するような、……いや、誘惑、といえば正しいのか。

テツは身じろきひとつせず、眉ひとつ動かさずに、受け止めた。

戯れだ。
その目は、櫂しか見ていないのに。

「そのような確認をされなくても、私は常にお傍におります」

「そうじゃなくて、」

レンが動いた。
癖のある髪の曲線が空に踊って、美しく紅い弧を描く。
テツの襟元を掴んで引き寄せると、体勢の崩れたところへ。

キスを、一度。

「……お前が喜んで圧し掛かって来るような男だったら、僕も容易く切り捨てることが出来たんだよ」

しばらく、好きなように唇やら歯のうえやらを探っていたレンだったが、テツが芳しい反応をかえざずいると、急に冷めた素振りになって、握りしめた襟元を開放した。

ぺしぺし、と、少しも兆さぬテツの股間を叩いて、僕は今のはとびきりセクシーだったと思うのに、と、冗談なのか真面目なのかわからない口調で言うと、レンは唇を尖らせる。

「その方が、しあわせだったかもしれないのにね、」

ふ、と。
笑った。

誘惑でもない。
執着でもない。
情欲でもない。
きっと恋でもない、笑みを。

レンの行動は、いつもわかりにくい。
読みにくいし、予想もし難い。
解釈に迷うことがほとんどで。

ややこしいし。
厄介だし。
面倒だし。

なのに時折、こんな風に、酷くうつくしく笑う。

「しかしレン様、私にも好みというものがありますので、」

テツは表情を変えぬまま、律義な口調で言った。

「……それは何か、僕が生理的にNGとかそう言いたいのかなテツは。」

「滅相もない」

「知っているよ、僕は!胸が大きくないと駄目なんだよね。あと脚が細くて太腿が太い」

「いえ、レン様それは、」

アサカとくっついちゃえよ、僕が許す、と唆すレンの目は、悪戯を仕掛ける子供のそれだ。
凶暴さも、陰湿さも、執着も、執念も、孤独さえも瞬時に捨て去って。

「……何、安心しろ、僕はもう間違わない。櫂をしあわせにしたいなんて言わない。櫂にしあわせにして貰うよ!」

まずは、櫂をボッコボコに叩きのめすんだ。
這い蹲るかれを見下ろして、結婚しよう櫂、って言ったら、イエスと言ってくれるかなぁ?

レンはそのイメージが気に行ったらしく、また酷く上機嫌になった。

……ぅわぁ、逃げて櫂―、と、少しテツは思ったが、表情を変えることはない。

ただ、弱くて強くて不敵で不憫なレンから、やっぱり離れられない気がした。





2012.01.05
2618字
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