R_etc
□R×etc
3ページ/4ページ
レン櫂前提テツレン
今更32話ネタ
Beautiful Alone
櫂は僕が好きだった。
僕も櫂が好きだった。
僕は櫂が好きだよ。
櫂も僕が好きかな。
今日のレンは、いつになく饒舌だった。
決勝戦の会場で櫂と再会してから、その瞬間から。
あからさまに浮足立って、表情も声も昂揚を隠せない。
レンの変化なら見慣れているテツでなくとも、誰が見てもそれとわかるほどの上機嫌。
移動車の中でぎらぎらと紅い眸をひからせて、肉食獣のようなファイトを挑んで来たから、相手はしたけれど敵うわけがなかった。
レンはそれでもデッキを変えて、幾度も挑んで来た。
勝負がつくたびに、テツなどそこに居ないかのようにカードと向き合い、デッキの調整をする。
彼を突き動かすものは、
焦燥のようで。
情熱のようで。
羨望のようで。
野心のようで。
独占欲のようでもある。
「櫂、」
幾度も、その名を出した。
櫂ならどうする。
櫂でなければ。
櫂は今でも。
櫂がもし。
櫂より。
櫂が。
櫂は。
櫂、
テツは負けて。
繰り返し負けて。
黙って自分のデッキを下げる。
精悍な表情に、さしたる変化はない。
けれど、こころは痛むのだ。
鉄壁のようにレンを護る為に、なにひとつ己を揺るがせるものなど存在しないというように、振舞ってはいるけれど。
この数年で、繰り返し問うてきた。
幾度も。
幾度も。
幾度も。
幾度も。
数え切れぬほど。
強さで、レンを変えられただろうか。
強さで、去りゆく櫂を止められただろうか。
強さでみんな、しあわせになれただろうか。
否、という答えしか導くことが出来ない、それもまた弱さなのかもしれない。
レンのように、強さが全てだとは思えずにいる、テツだったが。
さりとて櫂のように、間違いと断じて背を向けることも出来なかった。
「レン様は、……しあわせになりたいとお考えになったことはありますか、」
レンは、ぎらつく野蛮な貌のまま、手の中のデッキを繰っている。
注がれる視線には、灼け付くような熱が込められて。
脳裏では来るべき櫂とのファイトが、幾百通りも幾千通りも再生されていると推察できた。
その特別な力は、どのような未来を読み取っているのだろう。
邪険にされようが。
冷たくあしらわれようが。
背を向けられようが。
櫂が目の前に現れれば、潔いほど真っ直ぐに、レンには彼だけが全てだ。
テツにはその歪さが、不憫だと思えた。
テツにはその歪さが、憐れだと思えた。
テツにはその歪さが、美しいと思えた。
レンは、FF五百人の頂点。
常人と同じであってはならない。
常人と同じであるはずがない。
レン自身が、FFの在り方を体現しているからこそ、今の繁栄があった。
だからこれでいい。
レンは歪で。
レンは孤独で。
レンは憐れなままでいい。
……そのはずだ。
なのにテツは問うてしまう。
友達なのだと、幼馴染なのだと。
未だこころの何処かが、諦めきれずにいるせいだろうか。
(俺は弱いな)
自嘲するテツを、知ってか知らずか。
あはは、と子供のようにレンは笑った。
翳りのない表情は、昔からよく知るレンと、何一つ変わらなかった。
「テツは難しいことを考えるね、女の子みたいだなぁ。似合わなさすぎて逆に可愛い」
「レン様、」
「お前の言うしあわせとは、僕のしあわせのことだろう。お前自身がそのことについて碌に考えてもいないのに、僕には問うのか、」
うたうように声が流れる。
「お前の委ねたしあわせは、僕がこの背に負っている。FF五百人のしあわせを、僕は背負っている。けれど僕は、」
流麗な抑揚は、しばし途切れて。
ひとつ、溜息を。
「……櫂のこともしあわせにしたいんだ。僕ならば、傷だらけで独りぼっちの、櫂の孤独に寄り添える気がしたんだ、……幻想だったんだよね」
視線が落ちて、伏せられた切れ長の目を覆う睫毛が、頬に濃い陰を落とす。
「まぼろしでもよかった、
間違いでもよかった、
悪でもなんでもよかったんだ」
……それで櫂が救われるなら、
レンの言葉の最後は静かに消えて、独白のようだ。
静かなエンジン音だけが、二人の間を埋める。
「櫂の代わりに、僕の傍に居てくれる?」
放たれた矢のように、紅の視線が飛んで来た。
ファイトの時の、切り裂くような鋭さはない。
誘導するような、……いや、誘惑、といえば正しいのか。
テツは身じろきひとつせず、眉ひとつ動かさずに、受け止めた。
戯れだ。
その目は、櫂しか見ていないのに。
「そのような確認をされなくても、私は常にお傍におります」
「そうじゃなくて、」
レンが動いた。
癖のある髪の曲線が空に踊って、美しく紅い弧を描く。
テツの襟元を掴んで引き寄せると、体勢の崩れたところへ。
キスを、一度。
「……お前が喜んで圧し掛かって来るような男だったら、僕も容易く切り捨てることが出来たんだよ」
しばらく、好きなように唇やら歯のうえやらを探っていたレンだったが、テツが芳しい反応をかえざずいると、急に冷めた素振りになって、握りしめた襟元を開放した。
ぺしぺし、と、少しも兆さぬテツの股間を叩いて、僕は今のはとびきりセクシーだったと思うのに、と、冗談なのか真面目なのかわからない口調で言うと、レンは唇を尖らせる。
「その方が、しあわせだったかもしれないのにね、」
ふ、と。
笑った。
誘惑でもない。
執着でもない。
情欲でもない。
きっと恋でもない、笑みを。
レンの行動は、いつもわかりにくい。
読みにくいし、予想もし難い。
解釈に迷うことがほとんどで。
ややこしいし。
厄介だし。
面倒だし。
なのに時折、こんな風に、酷くうつくしく笑う。
「しかしレン様、私にも好みというものがありますので、」
テツは表情を変えぬまま、律義な口調で言った。
「……それは何か、僕が生理的にNGとかそう言いたいのかなテツは。」
「滅相もない」
「知っているよ、僕は!胸が大きくないと駄目なんだよね。あと脚が細くて太腿が太い」
「いえ、レン様それは、」
アサカとくっついちゃえよ、僕が許す、と唆すレンの目は、悪戯を仕掛ける子供のそれだ。
凶暴さも、陰湿さも、執着も、執念も、孤独さえも瞬時に捨て去って。
「……何、安心しろ、僕はもう間違わない。櫂をしあわせにしたいなんて言わない。櫂にしあわせにして貰うよ!」
まずは、櫂をボッコボコに叩きのめすんだ。
這い蹲るかれを見下ろして、結婚しよう櫂、って言ったら、イエスと言ってくれるかなぁ?
レンはそのイメージが気に行ったらしく、また酷く上機嫌になった。
……ぅわぁ、逃げて櫂―、と、少しテツは思ったが、表情を変えることはない。
ただ、弱くて強くて不敵で不憫なレンから、やっぱり離れられない気がした。
終
2012.01.05
2618字