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だいすき、なんて。
耳元で言われたら、蕩けそうになる。

この世の誰かが、大勢の人の中から自分のことを見つけて、選んで、大好きになってくれるだなんて、少し前までアイチの日常の中にはなかった。

「でもだめです、レンさんはずるいです、そういうふうに言われるの、ぼくが弱いって知っていて……」

流されそうだ。
懸命に逆らう、けれど。

「へぇ?弱いの?……そう。アイチくん、だいすき……」

こういうことで、レンに敵うわけがなかった。

触れかたも、染めかたも、溶かしかたも、愛しかたも、ちゃんと知っている。

すごく大人だと思う。

「……きゃぅぅっ、」

「本当だ、……たくさん濡れちゃったね」

「だ、め……っ、ぁ、んん……!」

レンは優しい。

言葉も。
物腰も。
触れる手も。
くちづけも。

全部がとても丁寧で繊細で、アイチを傷つけることがないように、気を配っていてくれるのだとわかる。

けれど。なのに。

導かれるまま、気付けばこうして言うなりになってしまう。

(弱い)

僕が。

(すごく弱い)

すきって、こんなに弱くなることなのかな。

不安を、けれど、レンがすぐ隣で攫ってゆく。
欲しい時に欲しいだけ傍に居る、って。
それは、もちろん、学校とか塾とか家のこととかあるから、ずっとっていうわけにはいかないけれど。

すき、と告げれば応えてくれる。
すき、という言葉の中に、不安だとか孤独だとか、どうにもならない思いを沢山込めて。
アイチは繰り返した。

すき。
……レンさんが、だいすき。









「学校が……」

そのまま気絶するみたいに眠り込んでしまって、気がついたら夕日が眩しかった。

あちこち汚れた身体はきれいになっていたし、きちんと(おかしな柄だけれど)パジャマも着ていたし、レンはそういうところは、意外ときちんとしてくれる。しかし、今、アイチは呆然とベッドの上に起き上がったまま、身動きできないでいた。

「……どうしよう……」

これは俗に言う、「さぼった」という奴なのでは……。

熱があるわけでも親戚に不幸があったわけでもなく、学校を休む。

それはひどくいけないことのように思えた。

「おはようアイチくん。きみは寝顔も可愛いですね」

「……レンさん!僕、……僕は、だめって、ちゃんと、起きなくちゃって、なのに、……ひどい、です、」

言いながら、それはちょっと違うと、わかっている。

どうしていいのかわからなくて、だからって、二人のことなのに、相手を一方的に悪いみたいに言うのは、すごく間違っている。

少しだけ後ろめたさを、荒げた口調の裏に隠して、声が聞こえた方向へと言い放つ。

と。

レンはべったらべったらと濡れた足音をたてて、バスルームから出てきたところだった。

シャワーの後を拭いた形跡がまるでなく、適当にまとめた所為で、紅い髪もばらばらと背に落ちて、半端に濡れている。

「ちょっ……レンさん、お風呂の時は洗面所にタオルを持って行って、向こうで拭いて出て来ないと、って夜にも言った気が」

ああ、床が水浸しじゃないですか、雑巾ってないんでしたっけ、今度家から持って来ますね。

他人の世話に慣れていないアイチでも、思わず世話を焼いてしまう。レンは自分のことに無頓着で、これで濡れているのがアイチだったら、嬉しそうに大きなバスタオルで包んで拭いてくれるのに。
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