R_A
□winter kiss
1ページ/1ページ
#1
寒くて寒くて、身体を縮めて歩くような放課後だった。
レンがアイチの家にやってきて、ベッドの隅でごろごろしながら言う。
暖房の設定温度は勝手に上げているし、自分の家かという程の寛ぎ具合だ。
「たまにはのんびりしたいです」
「今のんびりしているじゃないですか」
アイチは数学のプリントに向き合ったまま、振り向きもしないで返した。
「今日は朝六時入りの狂ったスケジューリングで、しぬかと思ったのに、明日は五時半集合で地方ロケとか、おかしいよね。ファイターはアイドルじゃないよね」
ああ、それでやって来るなりぐーぐー寝ていたのか、と納得しつつ、アイチはやはり宿題に集中していた。
数学は苦手だから、ちゃんとやらないと。
レンはといえば、撮影用の衣装に撮影用のメイクを施されたままで、中学生の私室にまるで馴染まない華美なオーラをまといながら、枕を抱えてぐうたらと文句を言っている。
「レンさんはテレビ映えする容姿ですし、なにより強くて面白いファイトスタイルだし、人気があるのは当然です。いいことですよ」
「……最近のアイチくんは、僕のあしらいに慣れて来て、わたわたしません。……つまらないな」
本棚から適当な雑誌を抜き出すと、レンは読んだり閉じたり裏表紙を見たり、逆さにしたり。
退屈を隠そうともしない。
「レンさんがつまらないのは、僕も嫌です」
シャープペンを置くと、アイチは立ち上がった。
ベッドの上に膝をついて屈みこむと、レンの手に手を重ねて雑誌を奪う。
意外そうに視線を向けてくる紅い眸を、ふわりと見つめ返して、少し、微笑んだ。
寝そべったままのレンの顔の横に両手をついて、跨るように姿勢を変えると、そこから。
目を閉じて。
キス、を。
空を漂う羽のような軽さで、瞬きの合間ほどの短さで。
「……!」
レンは、切れ長の目を珍しく見開いて、ぱちくり、と閉じてまた開いた。
手を伸ばしてみても、アイチは既に身を翻して、勉強机に戻っている。
「えっと。……宿題が終わるまで、続きはお預けです」
さらり、とは言えない。
後ろ姿からでも、耳朶が真っ赤に染まっているのがわかる。
泳ぐように浮沈する言葉の調子も、隠しきれない羞恥を滲ませていた。
「……僕は、」
レンも声を揺らす。
常から蒼白い頬に、珍しく血の気が差していた。
プリントに戻るべく背を向けたアイチに視線を向けて、逸らして、額にばらばらと落ちる紅い髪を掻き上げて、溜息を吐く。
「きみを、攫いたくなった」
薄いくちびるが吊り上がって、酷薄な笑みを浮かべた。
それが、すぐに真顔に戻る。
「けれど……きみが厭だと言えは、きっと僕は敵わない」
困った子だね。
と、呟く口調は実に満足げで、とても困っているようには聞こえなかった。
だらだら転がっていたのが嘘のように立ち上がると、アイチの背を椅子の背凭れごと、抱きしめる。
「僕が大人しく言うことを聞くと思った?」
耳にかかる髪を、撫でるみたいな手つきで梳きながら、吐息でくすぐるように囁いた。
「思って……ません、けどお預けです。宿題はきちんと終わらせないと、です」
「三分で終わるよね、そのプリント」
「僕はレンさんみたいに頭がよくないです」
「そんなことないよ。数学はコツだから、……貸して御覧」
「いやだから、レンさんがやっちゃ意味ないんです!」
どうしよう、ごめんなさい、もうしません、と暴れるアイチをやすやすとベッドに運んで、レンはしなやかな獣のような姿勢で圧し掛かる。
きみは、実に美味しく育ってくれたね。
終
2
011.12.21
1414字
アイチからレンにキスっていう、それだけが書きたかったぁ!