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□それはとても晴れた日で
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そっと髪に触れる。
繊細で丁寧な、慈しむ感触。

……気持ちいいな。

ゆらゆら、委ねて。
波間にたゆたうように、揺れるまどろみの。
浅く、深く。

目を開けて。
寝てしまっていたことに、気付いた。

白い白い白い、部屋だった。

アイチは背凭れのない椅子に座ったまま、ベッドの上に突っ伏す姿勢で眠り込んでいた。
空調の効きが悪いのか、足や手指の先が、つめたく強張っている。

白いカーテン。
白い壁。
白いベッド。
白いシーツ。

……そうだった。
ここは大会会場の、医務室だ。

先の試合は、アイチとレンの接戦になった。
PSYクオリアを限界まで起動させたレンは、試合後すぐに意識を失い、ここまで運びこまれた。
付き添いを希望する者は大勢いたのに、アイチは、僕がと申し出て、そして誰にも異論はなかった。

僕が、いちばん、レンさんのことがわかる。

同じ力を持って。
同じ力に酔って。
同じ力を失った。

僕が。
僕なら。

通じ合うイメージがあるのだ。
……イメージ。

思い出した途端、ぞわ、と背筋を冷たいものが走る。

……蒼い空に、溶けてゆくような。

「レンさん!」

跳ね起きる。
……と。

「おはようアイチくん。もう少し、愛でていることが出来ると思ったけれど」

真っ白な掛け布団に半ば埋もれながら、レンはアイチの頭に掌を乗せていた。

えっと、今、撫でられていた?
すごくすごく撫でられていた?

どうしよう。

すこし、戸惑う。
躊躇う。
けれど。

平然と笑うレンが目の前に居る。
目が合う、と。

「……レンさん、っ、……、」

人前で泣くなんて。
格好悪いから、嫌なんだ。
ほんとうは嫌なんだ。

アイチは、眦から零れ落ちそうになる涙をなんとか止めようとして、目をしばたかせた。
でも上手くいかなくて、不自然じゃない仕草になるよう気を遣いながら、指先で拭う。

「大丈夫ですか、なんともないですか、ちゃんと居ますか、あのっ、すいません、……僕、たぶん、変な夢を見て、」

顔を上げたら、勢いで涙は頬まで伝った。
上着だけを脱いだ状態でベッドに埋もれるレンは、少しだけ身を起こして、手を伸ばす。
アイチの頬に触れると、涙を掬った。

「あはは、ごめんなさい。やりすぎたかな。……きみに少し、心配して貰いたくてね、」

「え、」

レンは平然と笑っている。
言葉の意味をしばし考えて、アイチは固まった。

「……ちょ、レンさん、もしかして今の夢、」

さぁね、と。
レンは、とぼけて視線を逸らす。

「PSYクオリアは、消滅したんじゃないんですか?!」

「消滅とは違うのかな、同化?共存?そんなところだと思うよ」

「遣い慣れると、ああいう変なこと出来るんだ、聞いてないです……、」

目を赤くしながら、それでもアイチは唇を尖らせた。
その長めの前髪を掬って、さらりと指先で梳きながら、レンは微笑う。

「……泣いてくれたね、」

「だって本当に、……本気で、消えちゃうみたいだったから。
僕はレンさんが、ほんとにしんじゃうかと、思ってっ、……、」

喋っているうちに、涙が出て来た。
アイチは拳をつくって、乱暴にぐいと目元を拭う。

「もおっ、……僕、皆を呼んできますね。本当にみんな心配していて、」

立ちあがったアイチの手を、レンは捕えた。

「待って、」
「え、」

「ひとりにしないで、……わかるだろう?」
「……はい、」

……けど。
僕で、いいんですか。

元居た椅子に戻りながら、呟くみたいに訊くと。

「きみがいいんだ、アイチくん」

レンは、明快な口調で断言した。
時計を確認すれば、大会が終わって一時間と少し。
時間は、まだ少しある。
窓の外は暮れかかっていた。

「つめたい、」

レンが言うのは、そういえば血の気を失って白くなったアイチの手のことだろう。
少し、寒いな、と。
意識する間もなく、繋いだその手を引かれた。

「……ぇ、」

「おいで。あったかいよ」

倒れこめば、レンはいつの間にか布団をはねのけていて、直接胸の中へと。
抱き留められて、……勿論、そうすれば温かいのだけれど。

「レンさ、……っ!ちょ、何、を……」

くるりと体勢が入れ替わる。
アイチは、先程までレンが寝ていたベッドの上に、いつの間にか組み伏せられていた。
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