R_A

□R×A SS
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「ぁ、……もっと、」

誘う声が、小さく小さく、けれどはっきりと耳に届いた。

光定は薄い唇全体を覆うようにくちづけると、尖った顎を捕えて、口を開かせる。
ちろちろと舌先でつややかな下唇を舐めると、堪えられないとでもいうように、舌先が伸ばされて、触れ合った。
ちゅ、と、アイチの方から、欲情を煽るリップ音をたてる。

溶け落ちるように、光定はアイチの身体に圧し掛かった。

と。

くるりと身体を捻ったアイチが、舌と舌を絡める水音を響かせたままに体勢を入れ替える。
軽く体重をかけられて、光定は椅子へと倒れ込む。
その膝の上に、アイチが跨るかたちで。

二人は、再びくちびるを合わせた。

ちゅく、ちゅ、と粘膜の擦れ合う音が、違う何かを連想させる。
耳から伝わる淫微に、舌先までびりりと痺れ毒される気がした。

ついばむように唇を窄め、角度を変えて互いを吸い合う。
舌先はちろちろと気紛れに顔を出しては、先端を触れ合わせ側面をなぞって、また口の中へと逃げていった。
追って、歯列を割る。
体温の高い粘膜が、ねっとりと口腔全体で舌を吸った。
誘われて、奥へ奥へと。

いつしか、意識は行為だけに集中している。

光定の前には。
アイチの唇。
アイチの舌。
アイチの頬。
アイチの髪。
アイチの呼吸。
アイチの鼓動。

他に何が在るだろうか。
他に何が要るだろうか。

「きみたちは此処で何をしているの、」

不意に。
冷えた声が、背中の側から響いた。

熱に浮かされたようだった気持ちが、急速に冷えてゆく。
光定は顔を引いて、アイチから距離を取った。

「す、……雀ヶ森くん、?」

少年の細い腰の向こうに、扉が見える。
其処に人影を確認した光定が少し顔を傾ければ、視界は開けて、豪奢な紅髪の青年が立ち尽くしているのが見てとれた。

絶句して。
名を呼ぶ。
それだけで。
次の動作も言葉も、続けることが出来なかった。

レンの眉間に険しい怒りが、苛立ちが刻まれている。
無言のまま、大きな歩幅で歩み寄ると、アイチの肩に手をかけた。
乱暴な仕草で、光定の膝の上から引き剥がす。

「レンさ……、」

呼びかけが形になるよりも早く。

レンは、少年の頬を思いきり張り飛ばした。

バランスを崩したアイチが、床に倒れる。

「アイチくん!……雀ヶ森くん、いきなり来てそれはないだろう、」

光定は立ち上がって、呆然と頬を抑えるアイチに向かって屈み込み、助け起こした。
大丈夫か、と声をかけると、アイチは微かに頷いて無言の返事をする。
片膝をついた位置からあらためてレンを見上げると、拒絶以外の何も読み取れぬ貌とぶつかった。

「黙りなさい、これは僕とアイチくんの問題です。貴方には関係ない、」

それでも、真摯に言葉を繋げる。

「しかし!……僕がアイチくんにこんなことをしたせいできみが怒っているのなら、きみは僕を殴るべきだ」

「……貴方を?まさか、」

レンは溶岩のように内側から光を発する眸に怒りを揺らめかせ、光定の襟元を掴んだ。
射抜くような視線が、正面から突き刺さる。

そのまま、有無を言わせぬ力で引き起こして。
喰らい尽くすような、キスをした。

「アイチくんの味、」

舌を伸ばす。
唇へ、その奥へ。
ぴちゃぴちゃと音をたてて、粘膜を舐め上げてゆく。

「ね、こうしたの?それともこう?」

ちろちろと蠢く舌が、光定の口腔を辿った。
アイチが触れた箇所全てを塗り替えてゆくように、アイチの舐めた全てをなぞるように。

息が上がる。

よく似ているけれど、ずっと技巧的な口づけ。

呆然と受け入れる光定に、レンは短く。

「あとで連絡します、……今夜、空けておいて」

耳元で言った。
熱い声音で、情欲さえ滲ませて、まるきり恋人にでも囁くように。

そうして不意に興味を失ったみたいに身を翻して、光定が片腕で抱えたアイチを、奪ってゆく。
乱暴にするかと思ったら、意外なほど丁寧な仕草で腕の中へ抱いた。

そうすると、アイチも黒いコートの背に腕を回して、きゅ、と縋り付く。

「ごめん光定さん、……あとで、」

レンの体温に抱かれて、アイチはうっとりと目を閉じる。
二人は、紛れもない恋人同士に見えた。

光定は、派手に溜息を吐く。
どちらの、どこまでが本気か、まるでわからなかった。

……仲が良いのなら、別にそれはそれで構わないのだけれどね。

「……あとでね。良いファイトをしよう」

どちらに、ともなく言いおいて。

睦言で埋まる部屋を、後にした。




レンはアイチの身体を抱えたまま、椅子に腰を下ろす。
膝の上に、向き合って座る形になると、アイチは子猫のように頬を寄せた。

「だってレンさん、あのひとに、ちょっと興味持ってたでしょう?」

「……僕が?」

「知ってます、ふたりきりでたまに逢っているの。……だから僕だって、味見、したくて」

レンは不満げに言う声を遮るように、アイチの唇に指をあてた。
そうすると、小さな口は釣られるみたいに開いて、ちろ、とピンクの舌が覗く。

「アイチくんは悪い子だね。妬いたの?」

レンが溜息に乗せて、軽く笑った。
アイチは唇の上に置かれた爪の先を、ぺろぺろとなぞるように舐める。

「ん、……レンさんが、わるいひとだから、です」

けど、叩いてくれて嬉しかった。
告げて、少年は唇を寄せる。

「ごめんね、痛かった、」

レンは少しだけ赤くなった頬を、優しく優しく撫でた。

「へいき、です。でも、口のなかがちょっと切れちゃったから。あとで、いっぱい、舐めて下さいね?」

「僕以外のひとと、キスをしては駄目だよ」

「レンさんが、僕以外のひととキスをしないでいてくれたら」

「……僕を束縛するの、」

「ん、したい、です……、誰にも触れさせたくない。光定さんにも、テツさんにも、アサカさんにも、キョウくんにも、キリヤくんにも、……櫂くんにも、」

僕は、貴方を取巻く全てのひとに、嫉妬していますよ。

言うアイチの唇を、レンは小動物がそうするみたいに、ぺろりと舐めた。

随分と優秀な答えだね、百点満点だよ、と嘯く。

「僕には、ほんとうに、きみしか居ないのにね」

抱き締める手に力がこもる。

貴方のその孤独がすき、と。
アイチは告げて、きつく抱き返した。







2012.01.21
4902字




放映日のうちに上げる、放映内容から拾うSSに挑戦。
ほんとはえっちしてもらいたかったけど、光定くんには敷居が高すぎた。
シリウスは二連星。
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