R_A

□a first dirt
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初めてなんです、と。

震える声が、小さく、短く、告げた。
こわくないよ、と囁き返す僕の歓喜が、きみにはわかるかな。

好きだよ、と、何人に言ったかなんて、もうとっくの昔に数えるのをやめた。

きみは僕の、幾人目かの恋人。
けれど僕は、きみの初めての恋人。

けがれない、なんて。
陳腐な表現は、すきではないけれど。
真っ白なきみを、これから僕が踏みにじって、血の色に染めてゆくのだと想像すれば、それほどの悦びもなかなかないだろう。

腹の底から湧き上がる欲望は、きっと、真っ黒で真っ赤で。
そうだね。この僕に、とても似合うのではないかな。

小さな手を取って。
てのひらに、包み込む。
引き寄せた指先に唇をあてれば、それだけできみは真っ赤になって。
蒼いひとみが、波のように潤んだ。

「……っ!」

声が漏れそうになるのを、慌てて息ごと呑む。
そんな快楽の予兆すら、きみの身体には、まだ馴染んでいない。
気持ちいい、って感じるのが、怖いんだ。

「可愛いよ、アイチくん」

子供みたいに背の低い、きみの耳元に屈んで。
名前を、呼ぶ。

びくん、って、背筋に震えが走るのも、きみが僕を欲しくなっているからだよ。
全部、ゆっくりと教えていってあげるね。

顎の先に手をかけて、上向かせる。
長い睫毛が、誘うみたいに伏せられた。
ぎゅぅ、と目を閉じる様子が不慣れで、小動物にそうするように、撫で回したくなるな。

唇をきりりと結んで、ちっとも隙がないように表情をつくって。
……けれどそれでは、キスにならないな。

「少しだけ、口を開けて御覧」

捉えた顎から親指を伸ばして、下唇に触れる。

「ふぁあっ、……ごめんなさいっ」

こう、ですか……?

弱弱しく訊く態度がまた、とても可愛い。

「よくできました。……ご褒美が、欲しい?」

「……っ、あ、えと……、……はぃ……、」

訊けば、きみは。
閉じていた目をうっかり開けてしまう。
至近で視線がぶつかって。
その眸の奥を覗き込むように見つめれば、真っ赤な頬が更に上気した。

耳朶まで紅潮させた様子は、ちょっと他の男には見せられないくらいに、隙だらけで。
……未経験の最初からこんなに艶めいていては、先が思いやられるな。

僕は微かな苛立ちごと、腰を抱いた手に力を入れて、華奢な肢体を胸の中に抱き留めた。

「好きだよ」

それだけ、告げると。
震えるくちびるに、最初のキスを落とす。
きみの、生まれて初めての、キス。

「……っ!」

腕の中で、小さな体が強張った。
腕にも、肩にも、背中にも。
いたるところに、力が入って。
舌の先を伸ばして、柔らかな下唇をなぞれば。

「……ッ!……は、はぁ……っ、」

きみは腕を突っ張らせて、僕から逃げる。

「……ぁ、はぁ、……は、ぁ、っ」

肩で荒く息をして、口元を拳で隠した。

「……ッ、あ、あのっ……ごめ、……なさ、……っ!」

大きな目から、涙がぽろぽろと零れる。
泣き顔も可愛いけどね、……泣かせてしまうつもりはなくて。

……その。
少し、……困ったな。

「上手に、どうやってするのか……僕、そういうの……、全然……っ」

荒い呼吸のうちに、言葉が続く。
こちらから謝るのも何か違う気がして、僕はきみの肩を抱いて引き寄せると、再びくちづけを落とした。

「……ッ、」

「口を開けて」

重ねた唇をすぐに離すと、すぐにまたキスを続けられる位置から、それだけ言う。
無言のうちにきみが従えば、歯列の間に舌を差し入れた。
されるがままの口腔を、存分に味わう。
僕が粘膜に触れる度に、びくびくと間断なく走る震えに、すぐに唇が離れてしまいそうになるけれど、……そんなのは許さない。
抱き締める腕に力を入れて、怯える舌の縁を辿った。

「舌を、絡めて。……僕がするように」

また短く、唇を離す。
一方的な言葉を突き付けて、再び喉の奥の深みまで、舌先を差し入れた。

「ん、んんぅ……っ、」

怯えて縮こまった舌が、それでも懸命に、僕の要望に応えようとする。
掬うように裏側を舐めたら、ちろり、と動いて、表面をなぞるみたいに。

……可愛いな。
とても、昂奮するよ。
このまま組み伏せて、這い蹲らせて、啼かせたくなる。
きみを追いたてたら、どんな声で許しを請うのだろうね。

小さな舌を吸うと、素直に唇から外にまで、先端を覗かせる。
唾液をまとったピンクのぬめりに、軽い甘噛みを、一度。

「ひゃうっ、」

「……よくできました」

僕だって、声が上擦りそうになる。
呼吸のひとつも、乱しそうになる。

きみが可愛い。
きみが愛しい。
そんな感情を、けれど表に出さないように。
なるだけ平静を装って、微笑みかけた。

とろん、と潤んだ眸も。
無意識のうちに、開きっぱなしになっている口元も。
僕が吸ったせいで、ほんのりと赤みを増した唇も。
見つめていたら、こちらが余裕を失ってしまいそうだ。

顎の先まで零れた涎を拭ってあげると、きみは正気に還ったみたいで。

……今までは、とろとろに蕩けて、頭が真っ白になっていたのかな。

眸の焦点がくっきりと合って、それから、つい、と逃げた。

「ごめ、……なさ、っ、」

そんな風に謝るのは、今日何度めだろうか。
僕は蒼い髪をくしゃくしゃと撫でると、きみの身体をきつく抱き締めて。

それから。
今一度、短い口づけを、落とした。

僕のものだよ。
僕だけの、きみ。






2012.02.22
2065字
お題「はじめてのキス」

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