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□微熱物語
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髪を撫でられる感触で、僕は目を覚ました。
瞼にあかるい陽射しを感じる。
頬でその熱を感じる。
春なんだ、と、寝起きの思考がぼんやりと結論を出す。

(……あれ?)

頭がはっきりして来れば。
自分が何処で何をしていて、と、思い出して。

僕は慌てて起き上がった。

背中にはシーツの波。
傍らには、恋人の体温。

「……っ、……僕、っ」

「ああ。ごめんね、起きてしまわないように運んだつもりだったんだけど」

痴態を重ねて。
睦言を交わして。
散々に、欲の限り貪って。

それでもレンさんは、涼しい顔で笑う。

僕は、あの後。
きっと……気絶するまで抱かれたんだよね……そんなつもりは全然なかったのだけれど、こうして知らない間にベッドに連れて来られているということは、そうなんだろう。

起き上がると、状況を確認する。

体勢を変えれば、未だに、身体の中心が疼いた。
行為の余韻が、染みついている。

着衣は、交わった時のまま。
スカートのあちこちに、半ば乾きかけた染みが散っていた。
僕自身が沢山零してしまったせいで、下腹部から太腿にかけての一帯が、少しひどい。

すごく高価そうなドレスをプレゼントして貰ったのに、僕は、その……色々汚してしまって、とても申し訳ない気持ちになった。

レンさんが変なことをしなければ、汚れることもないんだけど。
けど、実際に我慢できなくなってしまうのは、僕の方なのだし。

純白と薄い水色が幾重にもかさなりあったフリルに、べったりとこびりついた白濁を見下ろすと、溜息が洩れた。

「洗いに出しておくから、貸してごらん」

レンさんが、脇から腰までのファスナーに、手をかける。
女の子の服の着脱など、僕にはあまりわからない。
されるがままになったら、するするとインナーまで全て剥かれて、あっという間に全裸になる。
手つきにも手順にも、迷いがぜんぜんない。

慣れてるな、って。

レンさんと居ると、色んな事に対して、感じる。
恋そのものにも、身体をかさねることにも、レンさんは経験が沢山あるように思えた。
完全に初めてで何もわからない僕は、リードして貰える安心感と、すぐに飽きられてしまうんじゃないかという不安との間で、常に揺れる。

繋がっている間だけは。
抱きしめて貰っている間だけは。
あいされているという気がするけれど。

こうして離れてしまうと、色々なことが心配になった。
上手にできなかったんじゃないかな。
変な顔しなかったかな。
おかしなこと言わなかったかな。

……僕は、醜くなかっただろうか。

気になってしまって、レンさんの顔がまともに見られない。
我を失う程に抱かれた後は、僕はいつもこんなだ。

わかっていてくれているのか、それともたまたまか。
くしゃ、と髪を掻き混ぜてくれる手が、ひどく優しいように思えた。

「身体も随分と汚してしまったね。シャワーを浴びておいで」

僕がくったりと気絶している間に、レンさんは済ませてしまったみたいで。
いつものように、くっついて一緒にお風呂に入る、と駄々をこねることもなかった。

少しさびしいような、物足りないような、張り合いがないような。
そんな、気がする。
恥ずかしいから嫌です、と、普段なら散々抵抗する癖に、僕も相当な我儘で。
レンさんにべったりの日常に、とっくに慣らされてしまっているのかもしれなかった。

「あんまり、見ないで下さいっ」

腕を身体の前に持ってきたところで、隠すことができる範囲などたかが知れている。
首筋から胸元から、太腿の内側まで刻まれたキスマークは、所有のしるしみたいだったし。
噛まれたり転がされたりしゃぶられたり、散々に弄られた乳首はまだ仄かに色づいていたし。
体内に白濁を浴びた残滓こそ、レンさんが綺麗にしてくれていたけれど、身体じゅうに行為の痕が残っていた。

僕は、レンさんの視線から逃れるように背を向ける。
シャワー室はさっきまで硝子越しに見ていた、中庭の向こう。
円弧を描く廊下を、ぐるっと進んだ先だということも、僕は知っていた。

そういうのは、とても嬉しい。
だけど同時に、いいのかな、とも思う。

レンさんは、僕でいいのかな。
僕は、こんなにしあわせで、いいのかな。

ぺた、ぺた、と裸足で歩いても、廊下じゅうに床暖房が敷いてあるから冷えることもない。
擦り硝子で仕切られたシャワー室はお風呂とは別で、普段僕が暮らす家の勉強部屋よりも広い。
高校生でありながら大きな組織の運営に携わるレンさんとは、なんだか、生活のレベルが全然違った。

ぎんいろのコックを捻れば、適温のシャワーが出る。
ボディソープもシャンプーも、僕が家で使っているのと同じ銘柄を置いてくれている。
常に清潔な脱衣所の壁面は鏡張りで、その奥が物入れになっているから、左から二番目を開ければバスタオルが積んであって。
着替えは、その隣に入れてくれている。

まるきり生活の一部みたいに、僕はレンさんの家を使いこなせる。
とても、不思議なことだけれど。

「……、これ……?」
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