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□微熱物語
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レンさんが用意してくれている着替えは、時々透け透けのキャミソールだったりして要注意だ。
今日は、けれどそれほど淫微なものではなくて。
あの中庭に咲いていた花のように、ごく淡い桃いろの長襦袢が吊るしてあった。

和装というものに、そもそも縁がない。
しかも、これはどう見ても、女の子の格好で。

どのように着ればいいのか、見当もつかない。
ガウンのように前を合わせて。
飾り紐みたいな帯があったので、腰のところでくくった。

確か、男女で襟の重ね方が逆だと、聞いたこともあったような気がするけれど。
……あれっ?
生きている人と死んだ人で、逆になるのだっけか。

どちらが、どちらか。
……うーん。

テレビで見た感じを思い出そうとしても、お正月にエミが着ていた記憶を辿っても。
はっきりとした答えは出なかった。

適当にやるしかないのかな。
レンさんに笑われないかな。

うん。
笑ってくれるのならいいけど、呆れてしまったら、……とてもかなしい。

どうしよう。

右を上に。
左を上に。

何度か変えて、着てみたけれど。
どちらも大丈夫なような、どちらも間違っているような。

というかそもそも、女の子の着るものなんだから、女の子の着方をするべきなのかな……。
これ以上考えてもわかりそうになかったので、右が上でいいやと決めて。
蝶々結びに縛って、留めた。

そうしてシャワールームを後にしたのだけれど、今度はレンさんが何処に居るのかわからない。
いつも過ごすリビングにも、寝室にも姿がないので、キッチンや書斎やサンルームまで回った。
半開きの襖が気になって和室を覗いたら、ようやく。

「……似合うものだね」

感心したように。
僕を見たレンさんが、言う。

……一目で、視線を吸い寄せられた。

限りなく黒に近い、濃い墨色の和装。
長身の確りとした体躯を、直線で構成された布地が包んで。

袖口から覗く、手首から肘までの鋭角的なラインとか。
長い髪を一つに纏めたせいで露わになる、首筋のかたちとか。
普段と違う格好になったら、普段とは違う魅力が引き出されて。
色香が、艶が、匂い立つようだ。

いつまでも、眺めてしまいそうだった。

我に返った僕は、慌てて視線を逸らす。

窓のない部屋だった。
照明は床の近くに、間接的なかたちでしかなく。
正面には、雛壇に飾られるような金屏風が置かれている。
普通の家だったら変だけど、朱に染められた畳に墨色の壁で構成された此処にはひどく似合う。

そのきらびやかさを背に、悠然と微笑うレンさんも、また。
どこか非現実的な美貌がいっそう強調されて、物語の中の人みたいだった。

薄闇のなか。
上品な金色の光輝を、背後に従えて。

そうすると、髪の紅が、ますます引き立つ。
熾き火のような、熱を内包する、深いあか。
癖のある髪の曲線が縁取る、頬の白さも。
名工が刻んだような、薄い唇も。
残照に似た眸の閃きも。

なんて。

綺麗なひとなんだろう。

「どうしたの、おいで」

重ねて声をかけられて、はじめて。
僕は、見惚れてしまっていたことに気づく。

ぼんやりしないように、注意したはずだったのに。
ちっとも、役に立たなかった。

手前に視線を戻せば、卓袱台と呼ぶにはあまりに細工の美しい、螺鈿の小卓に。
色とりどりの雛あられと、金色に縁取られた貝殻。
手のひらの半分くらいの大きさの二枚貝は、杯の代わりだろうか。

慌てて、レンさんの向かいに座ろうとしたら。
手首を引かれ、膝の上に抱き上げられてしまった。

抱き合う形で。
腰のあたりなんか、もう、……ほとんど密着した状態で。

「雛祭りなんだから、お雛様ごっこだよ。ちゃんと並ばないと」

「これじゃぁ並んでません」

レンさんが、僕の背に腕を回す。
この姿勢だと、僕の方がレンさんを見下ろす格好になって。
視線を下げれば、少しだけ新鮮な気がした。

……と。
こんな近い距離でも、やっぱりレンさんはとても綺麗なひとで。

重なる体温を意識すると、とくん、って鼓動が高鳴った。

なんでだろう。
こんな、ちょっと触れ合ったくらいで。

さっきまで、もっと近くに。
僕の中にまで……。

……駄目だ。

なんか、こんなこと考えたら……僕はすごく駄目だ。

頬があつくて、息が乱れて。
ちゃんと喋れなくなりそうだった。
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