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□残照/かたるしす
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貴方の眸を通して見れば。
世界は総て、滅びゆく直前の。
夕景の、あか。




イメージの力は、膨れ上がる。
個人を超えて溢れて。
対戦相手どころか、いつしか会場じゅうを巻きこむまぼろしに。

そして共有すれば、まぼろしは現実に。
その境界を曖昧にする。

雀ヶ森レンのイメージは。
全国大会決勝の場を、残照のいろで包み込んだ。
それは電波を通じて流れ、溢れ、拡散して。
いつか、世界を押し包む。

その時、かれは帝王だった。
唯一絶対の、孤高の王。
ゆえに、誰一人として、もう、その傍らには寄り添えない。
孤絶を覚悟の最強の座。

「僕は貴方みたいになりたくない」

アイチが断じたのは、まさにその姿で。

(ひとりきりなど、しあわせであるものか)

白く気高い鎧を纏う騎士に自我を仮託して、アイチは漆黒の重武装に包まれるレンを見据えていた。

敗北しか有り得ぬ試合運びを、前にしてさえも。
振り下ろす剣の一撃に、常に怖れを消しきれずにいても。
だから。
どうしても。
やはり。

アイチはレンを、どこか小馬鹿にしていた。

(だってこのひとは、櫂くんの否定した存在)

昔のお前を取り戻す、と。
櫂は幾度も口にして、レンに挑みかかっていたのだから。

(櫂くん、)

また、一度、名を呼ぶ。
こころの内で。
小さく、けれど確かに。

視線を少しだけ傾けて、そうすればその姿さえも捕らえることが出来た。
広い観客席の、一般客に紛れて。
淡々と試合を見つめる、……そう、孤高の彼。

レンとは違う独りきりだと思っていた。
櫂はフラットに人を拒む。
レンは総てを下に見ようとする。
世界に対しての接し方が、そもそも全然違う。

違うと、思っていた。

なのに。

(レン)

櫂がその名を呼んだ時に。
傍から見ていたアイチにさえ、いとしい、という意味の半分が理解出来た気がした。

愛を込めて。
櫂が名を呼ぶ時には、それ以外の感情はなくてもよいとすら、思わせて。

(レン)

櫂の口が動く。
櫂の声が響く。

アイチではない、他の男を呼ぶかたちに。
引っかかる。
けれどアイチには、櫂しか居なくて。
だから、今、懸命に信じようとしていた。

(力に溺れない僕を認めてくれたこと。
僕を闇から引き上げてくれたこと)

アイチはレンと向き合った。
蓄積するダメージ。
通らない攻撃。
それでも勝たないと。

(櫂くんが救われない)

櫂くんの否定したレンさんに、櫂くんが認めてくれた僕が、勝つ。

其れで総てが浄化されるだろう。
因縁と、
情念と、
思慕と、
憧憬と、
友愛と、
怨嗟と、
慟哭の絆。
すべてが。

アイチは手元のカードに視線を走らせる。
白く蒼い清浄なひかり。
真昼間の突き抜けるあおぞらのように。
真夏の太陽のように。
……貫く、ひかり。

この残照を薙ぎ払え、と、願いを込めた。

「僕が嫌いな僕のことを、……ねぇ、それでも愛してくれるかい」

「……え?」

向き合うレンが言葉を紡いだ。
それまでの口調とは、全く違う。

威圧することもなく。
嘲笑することもなく。
蔑視することも。
翻弄しようとする意思さえもない。

瞬間。

視線が、交錯した。
蜃気楼の揺らぎ。
特異のちから。
互いに、交わる。
まじりあう。

PSYクオリア。

脳の奥の奥底まで。
心の深淵まで。
侵食するイメージ。

レンとアイチ。
ふたりは。
ふたりきり。
……熔けてしまうようだ。

「櫂の否定したきみが居るね」

言葉は現実を縛るのだ。
聞いてしまえば、それだけで。
アイチの脳裏に姿が浮かぶ。

「もうひとりの僕」

ぞくん、と。
背筋が凍る気がした。

戻りたくない。
消してしまいたい。

けがれた僕。
害悪な僕。
間違った僕。
みにくい僕。

「……そのイメージは、あんまりなんじゃないかなぁ。ねぇ、きみはぼくなのに」

背に、声がした。
確かな声。
……きっと、自分とまるで同じ声。

アイチは正面を向いたまま、立ち尽くしていた。
背中あわせに、同じ姿が寄り添う。
蒼い髪、白い膚、小柄で華奢な体躯、年齢よりも幼い顔立ち。

けれど、戸惑うアイチの表情が揺れれば。
背を向けたアイチの顔は、得意げに歪む。
唇の片側だけを吊り上げる、いびつな笑みを見せた。

見ることさえしなければ、その存在を否定できるとでもいうように。
アイチは、背後の気配を無視するように、ただ正面のレンを注視していた。

(櫂くん)

蒼い眼球が、行き場を求めて泳ぐ。

想い人の姿を彼方に認め、縋るように。
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