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□特別でもない僕たちの。
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向き合うかたちで、腰を抱かれて。
至近から、覗き込んで来るレンの深紅の眸に、吸い寄せられるように視線を固定する。

「あんな風に櫂の名を呼んでみる?ね、……もえるかもしれない」

レンの切れ長の目が伏せられて、瞼のカーヴを縁取る睫毛が、眸の上に濃い陰影を落としていた。
ふざけているのだろう、……アイチは思うけれど、その表情はやけに真剣で、感情が読めない。

「やだ……やです……僕は、ちゃんと、レンさんのこと、呼びたいです」

「でも櫂のこと、すきでしょう?」

試すように問いかけるレンに、アイチは懸命に訴える。
レンの深紅の前髪が、額に落ちかかるほどの距離で向き合って、真っ直ぐに見上げた。

「……こういう時に名前を呼ぶような好き、と、違います……櫂くんは僕にとって神聖だから」

「……ああ、……そう、そんなに櫂のことが、」

レンは、つい、と、視線を反らしてしまう。

「ち……違いますっ、あの、……わ、だめ、……困ります、……拗ねちゃいやです……」

肩に落ちかかるレンの横髪をくいくい、と引いて、アイチはどうにか、かれの視線を戻そうと試みた。

「拗ねてなどいないよ」

「拗ねてます……すごく、ご機嫌斜めになりました……僕、レンさんのことならわかります」

「わかるの、」

「……わかります、」

「では、今、僕がどうしたいか言ってみてごらん」

挑発するようなレンの問いかけに、アイチは瞬間、言葉を呑みこんだ。

時間を止めるみたいに。
静寂を、挟んで。
策略じみた沈黙の後、不器用とも聞こえる朴突さで、続ける。

「言葉じゃ、だめなことを、」

声は囁き。
吐息に、すこし、色のつく程。
小さな、小さな、自己主張。

「……レンさんは、言葉をあまり信じていないです」

息を止めて。
声を殺して。
きつく、目を閉じる。

アイチはそのまま、少し、伸び上がって。
向き合うレンの唇に、自らのそれを、そっと……重ねた。

ほんの、一瞬。
触れ合って、離れて。
……俯く。

決して視線が合わぬよう、アイチは、レンの胸に顔を埋めてしまう。

「……それは、僕が拗ねたから?」

「すきだから、です」

俯いたままだから、声が籠った。
小さく、震えて。
それでも、はっきりと言い切る。

言葉の余韻に酔うように、レンは短く沈黙した。
ふ、と、自嘲とも微笑ともとれる吐息を、ひとつ。

「きみは僕を上手に操るようになったね」

視線を落とせば、その先には身を縮めた少年の姿がある。
蒼い髪をさらりと指先で払って、羞恥に染まった耳朶の縁を辿った。

「そんなこと、ないです」

触れられると、小さくしていた身体をますます竦めて、アイチはレンの胸に縋るように寄り添う。

「あるよ。……僕はもうすっかり、アイチくんの手のひらの上だ。敵わないね」

「僕が、レンさんに、敵わないんです……ずっと」

「では敵わない同士……らぶらぶ、かな?」

俯くアイチの顎の先を捕らえて、レンは力をかけた。
上向かされて目が合えば、途端にアイチの蒼瞳がせわしなく泳ぐ。
頬の丸みに、屈みこんだレンが唇を落として。
そうしたら、朱走っていたアイチはますますその色を濃くした。

「……ふぁぁ……!」

「向き合う体位で、デスクの上で。……ねぇ、この小説みたいにしてみようか」

「えっ。……えぇっ。だめ、です、……レンさんは、いつもえっちなことなかりで……!」

躊躇う身体を掬い上げて、レンはアイチをPCの傍らへと組み伏せる。

「アイチくんが欲しがってくれるからね」

「……ッ、……ぁ、」

両腕を上げて顔を隠そうとするのを、容易く片手で封じると、頭の上へと一纏めに押さえ込んだ。
乱れた髪の間から、覗いた耳朶に唇を寄せて。

「欲しい?」

一言でいい、と。
承知の上での、短い問いかけを。

ひゃ、と短く声を上げたアイチは、それから息を呑んで。
黙り込んで。
躊躇って。
視線を彷徨わせて。
瞼を伏せて。
また、上げて。
何か言おうとして、口を噤んで。

それから。
ようやく。

「……欲しいです……」

羞恥の涙で膜の張った蒼い眸は、余程照れるのか、レンを真っ直ぐに見ようとはしないまま。
返す言葉もまた、短い。

ふたりの吐息が溶け合って。
ふたりの視線が絡み合って。
ふたりの素膚が添い合って。

そうして。

すき、と言ったのはどちらだったか。
あいしてる、と告げたのは。

「きみがたとえ誰を愛しても」

レンが睦言の間に、ふと、口にした言葉が。
不実を演じる遊びの一環、だったかどうか。

悦楽に酔うアイチには、正しい答えはわからなかった。








2012.04.14
3689字
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