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□大ヴァンガ祭でレンくんが働くようです。本番篇。
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(レンアイ誘い受)
真っ白な照明に煌々と照らし出されたステージは、暑くて、眩しかった。
歓声は身に余る気がしたし、千人単位の注目は居所のなさをただ、強める。
くすぐったいし。
落ち着かないし。
少し、困る。
そんな認識が欺瞞だったと、アイチはもうとっくに気付いていた。
(しらないひとにちやほやされるのも、称賛されるのも、尊敬を示されるのも)
(……どうだっていい)
(僕は、貴方にも、貴方達にも、ちっとも興味がないです)
けれど。
ここは、祭りだった。
それを楽しむ人が集って。
それで得をする人が集う。
(笑っていなくちゃ)
アイチは努力して、袖に引っ込むまでの間、笑顔を張り付ける。
客席に手を振ると、また、歓声が上がった。
(疲れる)
そうして戻った楽屋にも大勢のスタッフが居て、アイチの容姿やファイトの実力、初めてとは思えない舞台でのそつのないトークなど、いたるところを褒めちぎって来る。
(……疲れた、)
ありがとうございます、と。
わかりやすく「いい子」の顔で応じながら、アイチは微笑み続けていた。
組み立て式のステージの袖。
ごくごく簡易な柱の間に、一枚板を繋げただけの壁が巡らせてある。
境界は、薄い扉が一枚だけ。
けれどそれだけで、仕切られた空間は小さなプライヴェートスペースになる。
祭は昨日の朝からで。
丸二日じゅう。
早朝から夕方までのイベントに、続くミーティング、リハーサル、アフターと夜中までこなして、今朝も明るくなりきらぬうちに、家を出て来た。
ひとに、囲まれ続けて。
ステージで喋ったり。
テレビカメラの前で、商品を褒めたり。
芸能人とファイトをしたり。
有名な会社の偉い人が、次々と挨拶に来たり。
息をつく間もないほどのスケジュールから、今、ようやく少しだけ解き放たれた。
少しだけ喧騒が遠い気がして、アイチは深く息を吐く。
「頑張ったね、……疲れたでしょう?」
簡素で狭小な空間に。
それでも、ようやく、二人きり。
秘密の場所に迎え入れてくれたレンが、座ったまま手を伸ばして。
ねぎらうように、アイチの髪を撫でた。
「……ん、少し……です」
パイプ椅子の並びに背を預けて座れば、ずるりと斜めに崩れてしまう。
緊張していたこと。
気を張っていたこと。
無理に笑っていたこと。
こうして力を抜いてみて初めて、気付いた。
笑顔のかたちに固まっていた表情を、ようやく緩める。
「次のお仕事まで、40分……控室で少し眠るかい?」
レンがアイチの肩を抱いて。
遠慮がちに距離を取ろうとするのを、少し強引に力で封じて、引き寄せた。
胸に凭れかかるかたちになるよう導いてやれば、おずおずと甘えて来る。
温もりに。
感触に。
匂いに。
レンの存在を感じ取って。
アイチは安心したように目を閉じた。
「……いえ。ここでいいです」
「こんな椅子じゃぁ、ゆっくりできないよ。抱いて行ってあげるから」
「……、」
促すレンに、けれどアイチは小さく首を振った。
「どうしたの?」
「……レンさんと、ふたりきりがいいです」
レンの胸に背を預けた姿勢のまま、アイチは小さく、ためらいがちな口調で言う。
遠い喧騒にさえも掻き消されそうな程、控えめな声だった。
「僕と?そう、」
「もっと、一緒に居られると思っていたから」
「そうだね、……ごめんね」
「……ん、」
髪を、頬を撫でる手のひらに、アイチが蕩けそうな表情になる。
「きみが眠るまで、こうしていてあげるよ」
「……いえ、」
それから、控えめに、レンの上着の裾を引いた。
子供のような仕草に、レンも、ふわ、と笑う。
「寝ないの、」
言いたいことがあるのは承知の上で、惚けてみせた。
「……それより、……ぁの、……っ」
アイチが言葉に詰まる。
「なんだい?」
「……、……っ!」
「きこえないよ」
「……少しだけで、いいですから……っ!」
「何、」
どこまでも惚ければ、余裕をなくして頬を染めたアイチが、重ねてレンの上着を引く。
今度は、裾ではなくて胸のあたりを。
その仕草は、脱がしたくて急いているようにさえ見えた。
「……して、……ください……」
「欲しくなっちゃったの?」
言葉を詰まらせるアイチと対照的に、レンは、くす、と笑う。
明け透けな指摘をされれば、小さな身体を更に縮めて、アイチは俯いた。
「全部自分でします、から……」
きし、と、簡易な作りの椅子が軋む。
アイチは膝立ちになって、レンの上に跨った。そうすれば身長差が普段と逆転して、アイチがレンを見下ろすことになる。
「……ここで?大胆だね」
見上げる視線から逃れるように、アイチは目を閉じた。
頬を染めて、息を止めて。
屈むと。
ゆっくり、ゆっくりと、顔を近づけて。
「あの、……あの、っ!キス、していいですか……?!」
触れ合う直前で、止まる。
大勢の人間がひしめく気配を遠巻きに、二人の間に静寂が落ちた。
「自分で全部、するんでしょう?」
「……はい、……」