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□ひとくいのロマンス
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流血注意!かじる、噛み付く、結構痛そうです。かつ、闇アイチばけものでひとごろしです。大丈夫そうな方のみ、どうぞ!
「ただいま、」
レンが呼びかけても、返事はない。
さざなみのような声だけが、ただ、天井の高いエントランスに響いた。
日没が過ぎても西の空が仄かにあかるいこの時間帯にしては、部屋の中は薄闇に閉ざされている。
慣れた歩調で突き当りまで進むと、重厚な扉を開けた。入り口は黒のカーテンで塞がれている。
潜れば、瞬きしてもわからないほどの、真闇。
「アイチくん、そろそろ起きたらどうかな」
ごうん、と音を立てて扉を閉めた。視界のまるできかない闇の中に、声をかける。
一歩、部屋の奥へと踏み出して、けれどその瞬間、大袈裟なほどの勢いで、バランスのとれた長身がひっくり返った。
「……痛ッ!こけました、何度目かな……危ないから散らかさないで、と、僕は言った気がするんだけどね」
「んん……、やですよ、ここはぼくの部屋なんだから、ぼくのすきにします」
ぼぅ、と暖色のひかりが灯る。
部屋の奥。
くらがりの、涯。
銀色の燭台は三叉だった。
みっつの蝋燭の炎に照らし出されて。
長く細い箱のうちから。
たっぷりとしたレースに飾られた豪奢な寝着を纏った少年が、身を起こす。
白磁めいた頬。
蒼い髪。
色素の薄い容貌のなかで、眸だけに深紅の、鮮血のいろを宿す。
一見して少女じみた華奢な肢体が、気だるげな仕種で箱の縁を越えた。
おなじ形の板が傍に打ち捨てられて、十字を為すその刻印から、この箱の正体も知れる。
死者の為の装置だ。
「お帰りなさい、レンさん」
足元に転がる人体のパーツを、レンは身を起こしながら拾い上げ、溜め息を吐いた。
「……雑食は駄目だとも、言ったでしょう。へんなものを食べて汚れたきみなんて、棄ててしまうからね」
ぺたぺたと裸足の足音をたてて、アイチはレンのすぐ隣まで歩み寄る。
その姿を認めると、レンは手の中の肉塊を興味なさげに投げて、しなやかな夜着に包まれた腰を抱き寄せた。アイチが姿勢を崩せば、炎が揺らめいて、ひとつ、消える。
燭台を床の上に置いて、少年は導かれるままにレンの腕の中へと倒れ込んだ。
「だって、喉が渇いたんです」
蒼い髪をさらりと撫でて、そのまま細い顎に手をかけると、近づく小さな唇に、レンは軽いキスをする。
「ん、っ」
下唇を舌先で押し開いて、歯列の奥まで舌を這わせた。ちゅ、くちゅ、と濡れた音を響かせて、粘膜が絡み合う。
「……っ、」
さなかに。
息を呑んだレンが唇を離せば、その端には血が滲んでいた。
「少しは我慢しなさい。食事は、後でちゃんとあげるよ」
「んん……、やです、……レンさんの、美味しいれす……、」
アイチは舌足らずな口調で、熱い吐息と共に呟く。言いながら舌先を伸ばして、レンの傷口をちろちろと舐めた。
「ふぁ、ん……やっぱり、レンさんのが、いちばんおいしい……」
うっとりと、蕩けるように紅玉の眸が潤んでゆく。人形めいた頬にも赤みがさして、隠しきれない発情を伝えた。
「食事と性戯をごっちゃにしないの」
「けれど、……ぼくたちは、そういういきものです。レンさんだって、ぼくが欲しがると嬉しい癖に」
レンが今一度深いくちづけを仕掛ければ、混じり合う唾液に血の味が混じる。ふふ、とひくく嗤って、アイチはその感触と味とに酔い痴れる。
「ほしい、レンさん……、」
「はいはい、……きみはほんとうに貪欲な子だね」
レンの背に回した腕を支えに、アイチは伸び上がり、紅い髪の隠す首筋に顔を寄せた。
癖のある髪の先を払って、きっちりと締めたタイをゆるめる。
ボタンを上からふたつ外して、シャツの襟元を寛げれば、アイチは目を輝かせて、無防備な程大きく口を開けた。