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□僕と交尾して、たまご、産ませて下さい
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とろとろと、眠い。
さらさらと、水の流れる音がする。

アイチは、ゆっくりと目を開けた。
真っ白な部屋の中だった。

高い天井も、遠くの壁も、硝子で出来ている。
靄のように、霧のようにたちこめる、細かな水の粒子が、空間の総てを白く染めていた。
ほの白く結露した板硝子の向こうに、ぼんやりと青空が透ける。
照明も、陽光も、直接目を射ることのないよう、設計された部屋だった。

伏せていた身体を緩慢な仕種で起こすと、しっとりと水気を含んだ、蒼い髪が揺れる。
アイチは、右を向いた。
正面を見る。
左へ首を振る。
そうして、きょとん、と、物のわからぬ顔をした。

大きな眸は、丸く、幼い印象で。
色素の薄い膚に映える、鮮やかな蒼。
視線は定まらず、やがて表情を変えぬまま、俯いた。

見下ろす身体には、薄手のシャツをまとっている。
男もののシャツのようで、小さなアイチには、随分と大きい。斜めにずれて、きっちりと留められていない襟元から、肩が覗いていた。
たっぷりと水を吸った布地に、素肌が透けている。

長すぎる袖口をたくし上げて手のひらを出すと、少しだけ丸みを帯びた下腹部へとやり、丁寧に撫でた。
斜めに座る下肢は、半ば水に浸りきって、剥き出しのまま。
腹を守るみたいにうつ伏せになれば、すっかり元と同じ姿勢だった。

床には、温い水が流れている。
アイチが小動物めいて丸くなると、腕も脚も腹も、緩やかな流れに浸かった。
姿勢を変えることで、滑らかな膚が水面を叩く。
ぱしゃん、と、飛沫の跳ねる音がした。
腕の位置を直して、頭の角度を変えて。
姿勢が落ち着くと、アイチは再び目を閉じた。

規則正しい寝息が、やがて、部屋中を満たす水音に混じる。
静かだった。

「アイチくん。体調はどうですか、」

……けれど。
穏やかな声がかかれば、小さな身体は、勢いよく跳ね起きる。
先程までの緩慢さが、嘘のような動作だった。

水を散らして、足音が近づく。

「レン……っ!」

茫洋としていたアイチの表情が、途端に明るく、大輪の花が咲くように輝いた。
華奢な手が水を掬い上げて、近づいて来る青年へと伸ばされる。

「こら。アイチくん、お洋服はきちんと着ないといけないですと、言ったでしょう?」

レンも、手を伸ばした。
此処はいつも南国のような気温に調整されているけれど、外は冬だ。制服の上に丈の長いコートを着て、長い髪の深紅がうつくしく映える、漆黒のマフラーを巻いている。
部屋を満たす水は、よく磨かれた革靴の中には、ぎりぎり入らない程の深さだった。
まっすぐに、アイチの元へと歩み寄る。

抱き上げれば、当然、衣服は水浸しになるのだけれど、レンは構わない。
小さな身体を、ぎゅう、と抱いた。
アイチも、精一杯に腕を伸ばして、深紅の髪が滑る背を、抱き返す。

下肢を剥き出しに、びしょ濡れのシャツ一枚の子供と。
防寒対策を万全にした、厚着の青年と。
随分と奇妙な抱擁だった。

アイチは自分から、腕を離す。
無造作にマフラーを引っ張って、床を満たす水流の中へと、放り投げた。
コートのボタンも次々と外してゆき、うんと背伸びをすると、長身の肩から、重量のある布地を落とす。
ばしゃん、と、勢いよく水しぶきが上がった。

「むー、」

アイチは寄り添って、不満げに唇を尖らせる。
それだけ脱がせてもまだ、レンはといえば、きっちりと冬服のブレザーを着込んだままだ。
エンブレムの縫い取られた上着に、髪の色と揃いの深紅のタイ、白いワイシャツ。
表からは見えないけれど、その下にはインナーまで重ねている。

「レン、ふく、いっぱい着てる……、」

「ぬくぬくのアイチくんと違って、外は寒いんだよ」

上着の袖から腕を抜きながら、レンは答える。
コートの上に無造作に落として、続く仕種でタイを解いた。

「僕と居る時は、でも、レンのあったかい膚に、触れたい……です、」

「うん、アイチくんは動物っぽいからね。そういうのが好きなのかな」

「レンの素肌に触れると、はつじょう、します」

アイチは言い切ると、まっすぐにレンを見上げたまま、頬を染めて笑った。
一語一語、覚えたての言葉を噛み締めるような発音で、丁寧に口にする。
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