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□雀ヶ森レン 運命の≪ばぐ≫
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レンさんが負けた。
僕がもう一度、櫂くんとたたかうしかない!

デッキを手にしたら、世界がくるりと反転した。

高く澄んだあおい空。地平線の涯まで続く荒野。
……惑星クレイ。

どうして。
疑問は即座に氷解する。
心の底では理解していた。
ひびきあうちから、PSYクオリア。

「負けちゃいましたね」

……やっぱり。
レンさんの声がした。
こんな時にこんなことをするのは、このひとしかいない。

「……レンさん!大丈夫ですか、あの、体調が……!」

リバースに逆らえば、命を落とすほどのダメージが来る。僕自身がつい先程体感した、強烈な眩暈と吐き気と頭痛と呼吸困難、人生で味わったことのある体調不良の総てが、一度に襲ってきたみたいな状態を思い出した。
声の方を振り返れば、レンさんはゆっくりと身を起こしたところだ。額に手を当て俯いてはいるけれど、頬にあの禍々しいリンクジョーカーのしるしはない。こちらを向いて、僕を安心させるみたいに微笑む。

「櫂に勝って、きみに格好いいところを見せたかったんですけどね」
「……今、そんなことを言っていられる場合じゃあ……、」
「あはは。僕はいつだって世界なんてどうだっていいですからね。アイチくんの前で格好つけることの方が、大事です!」

ドヤァ。
駆け寄って傍らに膝をついた僕に、レンさんは、どうしてかとても偉そうに言い切った。
……ああ、もう。
このひとはほんとうに、どこまでが冗談でどこからが本気か、ちっともわからない。

「だから、今、ほんとうにそれどころじゃないんです。はやく戻って櫂くんと戦わなくっちゃ、みんなが……!」
「アイチくんだって知っているでしょう?ここはイメージの世界。現実とは時間の流れ方が、すこぉしだけ違います」
「それは、……だけど、」

身を翻す僕の手首を、レンさんが強く引いた。

「頑張りすぎてくたびれちゃいました。ナデナデして欲しいです」
「……っと!……わぁ!」

勢いのままに後ろに倒れ込んだ僕を、レンさんが広い胸で抱き留める。
ぎゅう。
そのままきつく抱き締められて、身動きが取れなくなった。

確かにレンさんと櫂くんとのファイトは熾烈で、命を削るみたいで。
頑張りすぎたのも、くたびれるのも、わかる。

僕だって怖かった。
すごく、すごくこわかった。
息が詰まって、手が震えた。
足が竦んだ。
ふたりの間に割って入りたかった。
ファイトテーブルをぐちゃぐちゃにして、もうやめてって叫びたかった。
どちらの攻撃がヒットする時も、自分が斬られるみたいな気持ちになった。

あんなファイトは、僕は出来ない。
櫂くんとも、レンさんともできない。

ふたりの表情と、交わす言葉と、仕種と、札の切り方。
思い出すだけで心臓が掴まれる思いだ。

けれど……。
……ぅう。
この期に及んで甘えたになるなんて、レンさんは限りなくマイペースだ。
さっきまでの凛々しさが嘘みたいに、甘えて来る。腰を抱いて僕の身体をくるりと返すと、正面から抱き合う形になって、肩口に顔を埋めた。
真っ赤な髪の先が鼻先に触れて、くすぐったい。
すり、って頬を寄せて来る仕種は、猫みたいだ。
さっきまで最強ファイターのオーラを放って、完全に大人の男の人だったのに。
……なんだか、あの緊張感から一転、身体の力が全部抜けてしまう。

レンさんは出逢った頃から、くるくると印象を変える。
幾つもの性格を、幾つもの表情を、気紛れに見せては引っ込める。
不思議な人だ。

僕は言われた通りに、レンさんの背中を抱き返して、癖のある艶やかな紅の髪をそっと撫でた。
お疲れさまでした。
ねぎらう気持ちが溢れ出す。
櫂くんと本気でぶつかったレンさんは、口ではファイトを楽しむって嗤っていたけれど、きっとほんとうは櫂くんを救ってくれる気だったと思う。どうだっていいなんて言いながら、ついでに世界も。
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