K_A

□にょたあい。櫂くんの場合。
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「櫂くんは僕が女の子だったら、つきあってもいいかなとか、思いますか?」

携帯電話の液晶を一瞥して、櫂はメール画面を閉じた。
差し出し人は、先導アイチ。

……質問の意味がわからない。

返信のしようがないメールは、スルーすることに決めていた。

満開の藤棚の蔓の股のところで、太った猫が丸くなっていて、それはもう物凄く可愛かったんだよ。
(動画添付→猫の大欠伸、にゃぁお)

というような、どう対処すればいいのやらわからないメールを寄越すのは、大概はアイチではなくレンなのだけれど。
むしろ、アイチは櫂に遠慮がちで、ショップ大会での集合時間の変更など、ごく事務的な用件でしかメールをして来ないのが、常だったはずで。

……そう。
一瞬、引っかかりはしたのだ。

けれど、もうすぐ授業が始まるタイミングでもあって、結局スルーした。

そうして、特に気にも止めないうちに、放課後になって。

弱弱しい声で電話がかかってきたから、ようやく大変な事態らしいと知った。




「……櫂くん……僕、変じゃないかな……、」

街中で逢うわけにもいかず。
学校、ショップ、公園……考えてもろくな場所を思いつかなかったので、結局家に呼んだ。

櫂くんの家っ?!
……いいの?!僕初めてだよ、なんだかすごく仲良くなれた気がするよね、と。
最初の涙声が嘘だったかのように、マンションの下で待ち合わせることに決めた後の、アイチのテンションは高い。

見慣れた制服姿か、せいぜい今日は学校を休んでしまって私服か、どちらかであるのが当然という気がしたが。
櫂のイメージを、遥か斜め上に超えて。
普段より幾分か華奢に見えるアイチが、その肢体に纏うのは、白地に紺襟のセーラー服だった。

間近に来るどころか、声をかけられるまで。
櫂は、急ぎ足で駆けて来る蒼い髪の少女が、アイチだということに気付かなかった。

臙脂のリボンに、襟元には三本のライン。
胸ポケットには、何処のものやら校章のピンブローチまで留まっている。

膝上の際どい位置で、プリーツスカートの裾が揺れる。
太腿より下は、黒のニーハイソックスに包まれていた。
その合間に、素肌が僅かだけ覗くのが、生足よりもむしろ淫微さを増す。

……どういうことだ。

溜息が出た。
呆れた表情を隠しもせずに、その姿を櫂が注視していると。

「絶対領域っていうんだよ?」

「……どうでもいい」

アイチは、何を誤解したのか、上目遣いで。
くす、と、一度笑って。
教え諭すように、言った。

「こんな僕じゃ、櫂くんには嫌われちゃうかな……」

テーブル越しに向き合って。
櫂の淹れた珈琲を、砂糖とミルクで違う飲み物のように甘くしてから。
アイチは、渦巻くカップの水面へと視線を落として、唐突に真剣な面持ちになる。

「……いや、」

櫂は、短く否定した。
蒼い髪がはらりと隠す目元を覗けば、幼さを残す横顔はあまりにも如実に、気持ちの落ち込みを示していて。
それが、普段とは違う格好だからか、華奢な体格だからか、壊れ物じみた切実さを匂わせる。

「……似合わない、かな……」

視線に気づいたか、アイチは伏せていた瞼を上げた。
長い睫毛が縁取る大きな眸のカーヴが、少年とも少女ともつかぬ色香を放つ。
ほんのりと染まった頬は、慣れない格好への羞恥だろうか。

儚げで。
どこか、頼りなく。
脆い磁器人形のような。
庇護欲と同時に被虐心を煽る美しさだった。

普段よりも。
なお、一層のこと。

櫂は、しばし見惚れて。
視線が合えば、ふい、と目を逸らす。
翠玉の眸が、こちらはブラックで淹れた珈琲の水面へと、視線を落とした。

「そうでもないだろう」

「あのっ……き……気持ち悪いよね……こんなの、」

アイチの言葉は、涙声に近い。
否定して欲しいけど、否定なんてできないよね、と。
言外に、それとなくではないほど、匂わせて。

「そんなことはない」

「じゃぁ、……魅力的かな?!」

「……それは、俺にはよくわからないが」

「櫂くんは、セーラー服の僕が好きですか?!」

遣り取りを重ねるごとに、アイチの声には切実さが増して。
最後には、さして大きくもないガラステーブルの上に、半身を乗り出す姿勢になる。

「……待て。何故そんな話になる。お前は突然、身体がおかしくなって、困っているんじゃなかったのか」

V字に深く切れ込んだ襟元から、胸の膨らみが覗いた。
アイチは意識しているのか、いないのか。
どちらにせよ、たちが悪い。

櫂は視線を上げて、くるくると変わるアイチの表情へと固定する。

「ぅん!そうなんだ……朝起きたら、もう変になってて……すごくいけない気分になっちゃって、止まんなくって……どうしたらいいかわからなくって、それで、レンさんに電話したんだ」

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