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□雪/幻/灰/天/空/空/空/空
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曇天は未明から街を鎖し、放課後を迎える頃には、冷たい雨が頬に降りかかった。
刺すような北風が、山を駆け下りてくる。
やがてこの雨は、雪へと変わるだろう。
小さな地元ショップでの大会で、チームFFはボッコボコに負けた。
相手は小学生のチームで、子供らしく勝利に酔う様は相当に生意気だったが、レンはけらけらと笑っていた。
櫂がはらはらするような意味のわからない戦術で、奇跡の逆転勝利を掴むこともあれば、相手に1ダメージも与えられないまま完敗することもある。レンの思考は、いつも掴み所がない。
けれど毎度言う。
たのしいね、櫂。
ヴァンガードファイトは、とても楽しいね。
みんなで全力を尽くして競い合うのは、勝っても負けても楽しいね。
その日も、無駄の多いデッキ構成で、先陣を切っていちばんに負けた。
あの子、ちっちゃいのにすごく強いです、櫂なら勝てるかな、どうやって勝ちますか。
心の底から相手の実力に感嘆したみたいに、紅の眸が輝いた。
レンは出会った頃から変わらず、感情と表情が直結している。
嬉しいと笑って、退屈だとむくれて、仕掛けた悪戯にこちらがかかれば、ドヤ顔になった。
大人にならないうちから表情を消すことを覚えた櫂にとって、その個性は、天で一番輝く恒星のようだ。
勝ってこそのファイトだとしか考えていなかったから、負けても笑うレンは、とても強く見えた。
レンが笑えば、自分も嬉しい。
そんな感情があることを、随分長い間、忘れていたのだけれど。
「楽しいね、櫂、」
目の前で、レンが笑った。
あの頃と同じ言葉を、薄いくちびるから吐き出して、片頬だけで歪な嗤い方を、した。
雪雲のどろどろと渦巻く墨のような翳りを、切れ長の目元に貼り付けたまま、高みから見下ろす視線を櫂に注ぐ。
紅の眸が、揺れた。
ゆらゆらとひかる蜃気楼のように発現する異質な力を、櫂は幾度もその目に読み取っている。
声が少し低くなったな、と、今更気がついた。
ずっと傍に居たのに、どうして見逃していたのだろう。
傍に居て、レンの何を見ていたのだろう。
何をわかったつもりで居たのだろう。
記憶の中のレンは、もう何処にも存在しないのだ、と。
互いに全力のファイトをすることで、ようやく、気がついた。
異変の兆しは、以前からあった。
けれど変わらないと信じていた。
事態がおかしな方向へ行ってしまってからも、戻れると思っていた。
だって、しあわせだったじゃないか。
だって、あんなに笑っていたじゃないか。
だって、他になにもなかったじゃないか。
……どうして。
レンの戦術は、突拍子もない。
出会った頃から、変わらない。
けれど今。
それは、研ぎ澄まされて。
まるきり、鏖殺こそを目的とした戦いのようだ。
みなごろしにしてあげるよ。
嘲笑しながら、血飛沫をを浴びる。
イメージは、残酷、と、その一言に尽きた。
「ねぇ櫂、僕は強くなったよね」
冷徹なほど正確無比な運びで。
最後の一撃を振り下ろす瞬間に。
レンは、ひどく優しい声音で、言った。
僕と、おいで。
きみなら。
きみしか。
声が、途絶えて。
言葉は、千切れる。
紅の眸から、
霧のように渦巻くひかりが、
ふ……、
と。
電源を落とすみたいな急峻さで、
……消えた。
瞬間。
レンは泣き崩れるみたいに、
笑う。
「レン!」
力を失う身体を、走り込んだ櫂がぎりぎりで捕えた。
今日初めて名前を呼んだ、と思う。
どうでもいいような気もしたが、とても大切な気がした。
鉄骨の間を吹き抜ける木枯らしに、攫われてしまいそうだ。
「櫂、」
櫂の腕の中で、レンは力なく呼び掛ける。
「大丈夫なのか」
口に出してみて、陳腐すぎると悔やんだ。
けれど、もう。
他にどんな言葉をかければいいのか、櫂にはわからなかった。
「きみが欲しいよ」
呼び掛けには応えず、レンは短く、独白のように言う。
指先が、頬に触れた。
つめたい指だった。
レンは、そう、昔からとても体温が低い。
こんな真冬には、凍えて、震えている。
……いつも。
「レン、」
「きみを、頂戴」
言葉の最後を、風の音がかき消した。