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□きみとあそぶ夜に
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節分レン櫂SS

1*(light)





レンが櫂の家に転がり込んできたのは、その日の放課後。
マンションの扉が開け放たれ、びゅお、と北風が音を立てて吹き込んだ。
卓上の辞書から櫂が顔を上げて見れば、端麗な頬にも、切れ長の目にも、疲労の色がべったりと濃い。

「……昨日は二月二日、フーファイターの日だったんです、」

どうした、と問うまでもなく。
温かな湯呑を両手で包み込むようにして、ふうふうと冷ましながら話し始めた。

独り暮らし用の家具しかない家である。
手狭なはずの椅子に、レンはどうしてか横向きに座って、視線はといえば、こぶ茶の中に沈んだ結び昆布に注がれていた。

「なるほどな、2と2でふーふー……無理があるが、そんなものだろうな」

櫂が食卓と勉強机を兼ねたテーブルを挟んで、レンの向かいに座ると。

「櫂は僕の膝の上に座るべきです」

きりっ、と格好いい表情を作って、レンは正面から、櫂の目を見据えて来た。
昆布には飽きたようだった。

「その姿勢だと、腹の上に座ることになるが」

「は!そうか、そうですね。縦になろう」

もぞもぞと姿勢を変えながら、レンは喋る。

「それで全国のショップにメンバーを派遣して、ナンバーワンチームとファイトしよう!イベントを開催したんだけど、」

浅く座って背凭れに体重を預けると、頬杖をついた手に斜めに頬を乗せて、脚を組む。
なかなかに様になった姿は、凛と美しくあるのだが。

「湯呑は置いておけ」

櫂がツッコむ通り、黒装束の美青年が格好を付けたポーズに、瀬戸物の湯呑を満たすこぶ茶は、どう見ても不似合いだった。

「櫂は、こぶ茶を淹れるのが上手いです」

「誰がやっても同じだろう、粉を溶くだけだ」

「でも、櫂が淹れたものしか、僕は美味しくないよ」

がぶり、と大きな動作で飲めば。

「……熱っ、」

櫂の予想通りに、レンは卓上に湯呑を転がした。
ほとんど飲み干された後だったから、被害はさほどでもないのだけれど。

「お前は、猫舌の自覚がないのか」

「櫂に言われるまで忘れていました」

「……温めに淹れたつもりだったんだがな」

小さな溜息と共に、言えば。

「櫂。すきだよ、」

レンの表情から、疲れがきれいに払拭される。

弾んだ声で、短く告げる気持ちは、真っ直ぐすぎて。
……櫂には、少し、照れ臭い。

鋭いはずの翠の目が、視線を低く泳がせた。

「……照れた櫂は可愛いです。照れてなくても可愛いけれどね」

「それでお前は、何をしに来たんだ!」

語調が荒れる。
視線は変わらず、レンを正面から見ようとしなかった。
頬に、僅かに朱が差して見えるのは、レンの気のせいだろうか。

「全ファイターが出払って、僕は昨日一日中、雑務に埋没したという話です!テッちゃんまで、ショップ大会とか行かなくてもいいのに……お陰で取材からスポンサー向けのプレゼンも、全部僕が1人で!」

不満を言いながらも、レンは立ち上がって、卓上に零したこぶ茶を拭き始める。
櫂ー、拭いて下さいー、と何度も甘えて来るのに、櫂がその都度、自分でやれ!と叱りつけてきた成果だった。

「大変だったな。だがいい機会じゃないか。お前も、経営を投げっぱなしでは先々困るだろう。今のうちに、勉強しておいたらどうだ」

「むー……とにかく!僕はだから、今日は遊ぶんだよ、決めたんだ。櫂と、一晩中遊ぶ」

指摘の正しさに唇を尖らせるものの、レンは反論はしない。
ただ強引で一方的な主張だけを、口にした。

「俺は明日、古文と英Tで当たっているから、そんなには付き合えないぞ」

「邪魔にならないように遊ぶからいい」

湯呑の底に残った結び昆布を、しげしげと見ると、レンはぱくりと口にする。
味がないです、残念です、と呟いて、しばし。

無言で。

むぐむぐ、と。

「……出来た、」

口から取り出されたそれは、くったりと指の間で伸びていた。
真ん中でくるりと結ばれていたはずが、見事に解かれて。

「器用なもんだな」

櫂が素直に感心する。
レンは再び、細長い昆布を口にして、もきゅもきゅと弄った。

「ほら!」

取り出されたものは、元と同じような結び目となっている。

「……ちゃんと喰えよ、」

自慢げな顔に、冷淡なくらいの調子で、言った。

「櫂と僕との共同作業で、この結び目を解くというのはどうですか、」

レンは、唐突に艶めいた表情をつくると、卓を回り込んで櫂の隣に来る。

「唇とくちびるで、舌と舌で、ね?」

屈みこんで、櫂の尖った顎の先を指先で持ち上げた。
顔を逸らす隙もないうちに、舌先に乗せた昆布を、櫂の唇にあてる。

「ばか、」

櫂は舌を伸ばして、レンの押し当てて来たものを掬い取った。
舌と舌が触れ合う感触に、互いの身体がふるり、と震える。

「櫂の、味」

とろりと眸を潤ませて、レンが呟いた。
櫂はそのまま昆布を口の中に引き入れて、咀嚼すると、呑み込んでしまう。

「ほら、邪魔をしないんじゃなかったのか」

「……酷い、せっかく遊ぼうと、」

不満顔のレンに手を伸ばして、櫂は伸び上がる。

かるく。
一度。

唇で。
唇に。

触れて。

そうしたら、レンの頬がさっと紅潮した。

「大人しく待ってろ」

見上げる眸の翠玉の深みに、囚われたみたいに。
レンはしばし、呆然と櫂を見下ろして、固まる。

「……夜には豆撒きだからね、」

つい、と逸れた視線は。
少しだけ強い語調は。

たったこれだけの短いキスに、動揺したことへの照れ隠しだろうか。

櫂は満足げに微笑むと、英語のテキストに戻った。




2012.02.02
2165字
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