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□addict
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僕が手を伸ばせば。
きみが手を取る。

二人の間に、青い空が見えた。





レンの想い出の中に、そんな映像が在る。
真昼の白い陽光に消えそうな青の儚さをなぞって、顔の前に手をかざした。
今は長い指のシルエットの向こうに、きらきらとシャンデリアの灯が浮かぶ。

「櫂と手を繋いだんだ、あの日。はじめて出会った日」

茫洋と。
独白めいた声は、真夜中に溶けゆくようだった。

レンの眸は、血溜まりじみた深紅のうちに、過多な輝きをひけらかす人工の照明を宿して。
焦点の在り処が定かではない。
何も、何一つ、映していないかのように見えた。

テツは応じるのに、言葉がいらないことを、もはや知っている。
あえて沈黙で、先を促す。

「……校舎の屋上に入り込んで、勝手にファイトしたよね。ほんとうはあれ、禁止だったんじゃないかなぁ。冬になれば北風が冷たくて、なのにわざわざあったかい教室から、屋上へ向かったよね。ファイトしてない時だって、何でか三人で集まって、無駄に喋っていたりね」

レンは視線を天井へと向けたまま、語りかける、という風でもなく、ただ淡々と続けた。

「なんであんなに楽しかったんだろう。思い出せない。今と違って、僕はなんにも持っていなかったのに。こんな広い部屋もなくて、きらきらきれいな装飾もなくて、立派なビルもなくて、……三人しかいなくて」

かざした手のひらを、緩く、握った。
空気の中から、何かを掴んだみたいに。

目の前で指を開けば、そこには何もなく。
まぼろしの、かけらさえもなく。
空っぽの、てのひら。

レンは短く、溜息を吐いた。

「僕は何が欲しかったんだろう」

そこで始めて、レンはテツへと視線を向ける。
問いかけに、答えが欲しいのか。
答えがないということを、答えて欲しいのか。

テツは表情を変えぬまま、鋼鉄の色の眸で、レンの惑いを受け止めた。

「それは、レン様。人生が終わる時にわかるかもしれない、わからないかもしれない、皆そうして生きています」

「からっぽで、つまらない。どうすればいい」

「空虚を飼い馴らして、心を強くする。世界を狙うならば、必要なことです」

「強さでは手に入らないものが、世界にはあるのかな」

「あるかもしれないし、ないかもしれません」

「お前はそれでいいのか!……確かなものが何もなくて、明確な目標もなく、縋る相手も目指す場所もなく、ただ進むだけで空しくはないのか」

レンは、訥々としたやり取りを突如として打ち切って、声を荒げる。

「レン様。確かなものを求めるのは、人の弱さです。貴方がお嫌いで、貴方が軽蔑し、貴方が踏み躙る、弱さです。溺れることは容易いでしょうが、そうすれば今までの貴方を、ご自身ですべて否定されることになる。空虚の中を惑いなく進む貴方にこそ、我々は拝跪する」

テツは言い切った。
言葉も、口調も、表情も、目も。
すべてが揺るぎなく、不動に見える。

「何処まで進もうと、どれほどの高みへ昇ろうと、僕は独りきりということか」

レンは、目を伏せた。
切れ長の目を縁取る睫毛が落とす濃い翳りが、そのまま彼に圧し掛かる疲労のようだった。

「私が居ります。アサカも。常にレン様のお傍に」

「お前たちはこの力を持たない。僕に真に寄り添うことなど出来はしないさ」

「そのような区切りが、貴方を孤立させる。」

「……知っているよ。とうに、ね」
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