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□桜闇
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うつくしくてはかない桜花の、その、潔さ。
きっと、きみによく似合う。
……そう思ったんだ。



今年の春は、急峻な坂道を転げ落ちるようだった。
北風の冷やしていた大気が一転して温もれば、蕾が膨らんだことすら認識していなかった桜が、気付けば満開だった。

FF本部ビルのエントランスにも、一本の桜が活けられて。
早くも、はらりと薄い花弁を落とす。
確かにその様は儚げで綺麗だったけれど、煌々と白い人工の灯の下で、真っ白な石張りのホールを背景にしていては、深い山中に一本だけ白く霞む山桜の気品には、太刀打ちできない気がした。

「節電ブームは今年も続くんですよ。先取りのエコです」

適当な理由をつけたら、……なにやら通ってしまったな。
テツも、アサカも、意外とこういう所は甘い。
僕は無理を承知で玄関ホールの照明を落とさせて、光源を蝋燭に切り替えた。

天井が高く、そこからの強い照明で照らすことを前提の設計だったから、総てを切ってみれば、至る処に薄闇がわだかまる。
エレヴェータホールの入口、ロビーのソファと壁の狭間、受付の向こう、宮殿じみたカーヴを描く階段の陰。
橙に程近い揺らめく灯の下では、そのくらがりは、秘すべき何かを隠したようにさえ見えた。

中央に、しなやかに枝を広げた桜の木を据えて。
満開の花塊は、暖色の灯のなかで、純白にすら見える。
控えめな、仄かな、薄紅。

……さて。
桜の花はその樹下に死体を隠し、血のいろで紅に染まるなどという話もあったけれど。
僕ならもっと鮮やかな、あかがいいな。
くらがりで白と見紛う程度の薄紅など、苦しさも重たさも厳しさも、何もかもが足りない気がする。

僕の血を吸い上げて咲く花なら、例えばこの髪のように、この眸のように。
乾いた荒野に溶け消える落日の、ぎらつく深紅であって欲しい。

命と引き換えに迸る鮮血が、こんな控えめな桜色に化けてしまったら。
埋まっている死体の側でも、報われない気にならないだろうか。

見上げた僕の肩の端に。
はらり、と、また一片の。
桜の花弁が落ちた。

闇の中でこそ映えるうつくしいものもあるさ。
僕は、……そうだね、ほんとうはそういう方が好みなのだけれどね。
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