Works
□桜闇
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……。
……さて。
スマートフォンの画面を。
切り替えては。
切り替えては。
切り替えては。
……ああ、そうだちょっとアプリに用事が。
……FFの呟き担当は、今日は誰なのだっけ。
……内部選抜公式サイトはきちんと運営されているかな。
僕はうろうろと落ち着かないまま、手のひらに収まるディスプレイを触っていた。
あちこちサイトを見たり出来なければ、いっそ電話機能しか無かったら、もうちょっと決心もついたのかもしれないけれど。
ブラウザを閉じる。
画面に触れる。
今日、既に、幾度目になるのか。
……電話帳を呼び出せば。
僕は、それほど、たくさんのひとを登録したりしないし。
覚えられないしね。
だから、すぐに出て来る。
その、名前。
櫂。
トシキ。
発信、と、クリックすればすぐに電話も繋がるだろう。
……けれど。
「久し振りだね、櫂。桜の花が満開だね。今週末あたり僕とお花見に行きませんか」
不自然ではないだろうか。
物凄く不自然ではないだろうか。
中学の、あの、別れの時から。
僕は櫂に電話をかけたことがない。
そもそも、同じ番号を今でも使っているのか、それすら知らない。
きっと櫂のことだから、番号を変えたり機種を変えたり面倒な手続きが居ることは、極力していないと思うけれど。
でも、……そうだ。
この番号にかけても、繋がらないかもしれないんだ。
だったら気軽にコールすればいいのではないだろうか。
かからなかったら、次に大会で逢った時に番号を貰うと決めて、諦めたらいいだけだ。
そう。
この番号はもう使えないかもしれない。
櫂は。
僕に、変わってしまったと言ったけれど。
そんな櫂自身も、もしかしたらあの時と同じ櫂ではないのかもしれない。
チーム……Q4。
仲間。
友達。
……先導アイチ。
たいせつなものが増えた彼に、僕はこれからどうやって接してゆけばいいのだろう。
しん、と静かな画面に視線を落とす。
活字は平坦で変わらない。
なのにその文字列は、記号の分際で僕を掻き乱す。
櫂トシキ。
受話器のかたちが描かれたボタンに、一度、触れたらいいだけなのに。
僕は、溜息を吐いた。
そうだ。
簡単なことだ。
……よし。
……と、迷っている間に、画面は暗く省エネ状態に切り替わってしまった。
活字が消える。
名前が消える。
僕を惑わせるものが、姿を消す。
……はぁ。
気がつけばまた一度、溜息を吐いていた。
と、いうよりも。
櫂の名に視線を合わせている間、僕は意識していないだけで、息を止めているようだった。
馬鹿みたいだよ。
小学生の初恋みたいだ。
振り回されている自分に、少しだけ苛立つ。
覚悟を決めるなんて、ほんの一瞬のことで、ほんとうに簡単なはずなのに。
くらく沈んだ画面に軽く触れたら、ひかる、うきあがる、それは変わらず機械的な記号。
……タップするだけだ。
それで何も変わらない。何一つ。
「……レン様。明後日の桜花大会について、進行の詳細が上がって来ましたのでご確認ください」
入って来たのは、テツか。
そうだ……まぁ端的に言って、僕は仕事中なのだった。
……ふぅ。
僕は、端末を取り落としそうになった。
伏せて卓上に戻すと、色々と諦める気になる。
駄目だね、こんなことでは。
差し出された書類に目を通しながら、ふと。
……ふと、思い立ったかのように、なるだけ自然に。
僕はテツに尋ねた。
「……櫂の連絡先は知ってる、」
つとめて平静な声を出す。
仕事してるよ。
ついでにちょっと訊いてみただけだよ。
そんな姿勢で、紙束を次々と繰りながら。
「……櫂のことです、わざわざ変えていないのでは」
知らないのか。
訊いてないのか。
交換してないのか。
……でも僕が知らないものをテツが知っていたら、正直微妙な気持ちだったな。
だから、まぁ、……いいのか。
「僕もそう思うんだけど、」
「自分から連絡するのが照れ臭いというのでしたら、俺がかけますが」
……余計な気を回されてしまった。
「……いいよ、自分でやる」
ばらばらと纏められた書類を繰る。
照れ臭い、か。
そうだね、そうかもしれない。
それだけならいいんだ。
それだけじゃないから、少し、困っている。
「テツ。櫂は、」
その名を口にするのに、思った以上に緊張する。
こんなことは、少し前までなら、かえって全くなかったんだけどね。
「……櫂は。今更、僕と友達に戻れるんだろうか。今更、僕は邪魔じゃないだろうか。仲間がいて、チームがある。なのに、」
平坦な声音をつくったつもりだったんだ。
自分でもそれとわかるくらいに、沈んだ調子になってしまったのは、……どうもね。
言葉尻がわかりやすいくらいに、低く下がる。
「新たな仲間がいて、新たなチームがあれば、過去の友は必要ない、と。……櫂がそのような男であるかどうかは、レン様が一番よくご存じのはず」
「そう。……だけど、」
けれどテツ。
僕はひとつ、嘘をついている。
僕は。
……櫂と、友達に戻りたいんじゃないんだ。