Works

□kiss+XXX
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僕が起きるのは、櫂が僕を起こしに来た時だ。

血圧が上がりきらなくて、目は醒めているもののぼんやりと身体を動かせずにいる僕が、ふんにゃりと櫂に凭れて、そのままずるずると洗面所に引き摺られて行ったり、とか。
無意識のうちに二度寝を選んで、枕に顔を埋める僕から、櫂が掛け布団を強奪したりだとか。
作りたてのスープの匂いをちらつかせる櫂の後へついて、寝惚け眼のままの僕が、台所へと誘導されたりとか。

日常は、そんなところだ。

ゆえに僕にとって。

櫂の寝顔は、相当な貴重さで胸に迫るものだった。

……今。
真夜中にうっかりと目を覚ました僕は、まさにその貴重さに立ち会っている。

僕の傍らで、規則正しい寝息を立てている彼は、随分と穏やかな寝顔で。
昔は、もう少し眠りも浅かったように思うけれど、いつの間にか、きちんとなって。
僕達は互いに知らない遠くで、大人になってしまうところだったね。

枕が変わるとあからさまに眠れなくなるタイプなのに、僕の家で僕のベッドでこうして安らいでくれているということは、……少しはきみの心を開けたのだと、自惚れていいのだろうか。

僕は。

荒れている櫂も。
心を鎖した櫂も。
焦燥に焼かれる櫂も。
自己否定に苛まれる櫂も。
孤独に傷つく櫂も。

総てのきみが好きだ。
きみの総てが好きだ。

けれど、そうだね。
僕の傍らで傷つき疲れてゆくきみよりも、僕の側で安らかに寝息をたてるきみの方が……きっと、僕自身が安心出来るから、好きだと思うんだろう。

自分勝手な恋だよ。
僕は……今も、昔も、我儘を許して貰ってばかりだね。

伸ばした手で、前髪を掬う。
亜麻色の髪は、癖がついて方々に跳ねる癖に、触れればさらさらと指の間を抜けた。

大きな窓から差し込む月明かりと、深夜でも消えない、遥か地上からの街の灯。
光源はそれだけで。
けれど上品な色味の髪を艶めかせるには、丁度いいくらいだった。

人前で髪を撫でたりしたら、櫂は照れて物凄く不機嫌になるからね。
二人きりで居てさえ、あまりこういった甘やかな触れ合いには積極的でなくて。
……要は、僕はいつだって櫂が足りないということだ。

櫂の手触りが足りない。

もっと。
ずっと。
近くで。

このしなやかな身体の、一分残さず。
触れて、触れて、触れ尽くしたい。

優しく。
丁寧に。
繊細に。

強引に。
大胆に。
淫らに。

櫂に、触れたい。
……もっと、触れたい。

長めの前髪をよければ、その下から覗く額の曲線がうつくしかった。
日に焼けていない、白い膚の滑らかさ。

月光が映える。

鋭い眸の澄んだ翠色が隠されていると、それだけで相貌の雰囲気も随分と違う。
対戦台の向こうから、ぎらりと射抜くみたいに睨みつける時と比べたら、幼いようにさえ見えた。
鋭利な頬から尖った顎にかけての線は、決して女性的なそれではないのにも関わらず、目を引く色香を放つ。
薄い唇が微かに開いて、覗く歯列の白さが、真夜中にやけに眩しい。

僕は誘われるように、身を屈めた。

顔を近づければ。
睫毛が長いとか、頬の肌理が細かいだとか。
先程までと違うところが、目に入って来る。

櫂は、ほんとうに綺麗だ。

綺麗すぎて、こんなに近いと、ひどく緊張する。
……おかしいな。
こんなことは慣れているはずなのに、初めてのキスをする時みたいに、心臓が煩い。
きみに聞こえてしまいやしないかと、有り得ないことが、しきりに気にかかった。

そっと。
触れるだけの、短いキスを、一度だけ。

……もうしばらく、きみの寝顔を見ていたいからね。

櫂が目を覚ましてしまわないよう、控え目に、……もう一度。

こうしていると、秘密の口づけのようだ。
今晩だって眠るまでに、キスなんて何度交わしたかわからないほどなのに。

シーツの上に手を突いて、僕の腕の間で眠る櫂を見下ろす。
反らした首元。
白い項がパジャマの襟元から覗いて、誘うように艶めいた。

櫂のパジャマは、僕が選んだ濃藍のシルク。
襟元が大きく広いたデザインのものを選んだのは、……まぁ、手を入れたりだとか、脱がせやすさとか、下心以外のなにものでもなかったのだけれど。

淡い髪の色に、白い膚の滑らかさに、誂えたかのように似合う。

僕は瑕疵ひとつないその膚に、噛みつくようにきついキスを落とした。

柔らかい箇所を、染めるように。
きつく、吸って。
甘噛みして。

耳朶の付け根から。
鎖骨の上まで。

点々と、充血の痕を散らす。

……櫂。
僕のものだ。

しるしを刻んで、誰の目にも明らかにしたい。

僕のものだよ。

「……ん、」

櫂が、小さな声をあげて。
……目を覚ましてしまったかな、と心配したけれど、そんなことはなかったみたいだ。

寝返りをひとつ。
胎児のように丸くなって。
また、規則正しい寝息を立てる。

先程まで下になっていた方の膚は、真っ白なままだったから。
僕はまた、同じように唇を落とした。

花びらを散らすように。
点々と。
刻む、しるし。

櫂の膚は、素直だ。

キスだけで。
満足、できるはずもない。
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