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□廻る季節をきみと
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「かぁい。夜祭だそうですよ。夜店も花火もきっと楽しいよね、僕はこのところ学校も仕事も忙しくて録に遊んでないんです、お祭りとかいいなぁ」

さりげなさを装って。
それでいて、かなりしつこく。

祭に行きたい。
櫂と行きたい。
並んで浴衣を着たい。
手を繋いで歩く。
一緒に花火を見る。

レンがそう主張して来たのは、かれこれ二週間程前だった。

いいだろう、と言ったか。
構わない、と頷いたか。

俺自身がどう反応したかは忘れてしまったが、着丈も袖丈も誂えたかのようにぴったりな浴衣が、今朝、届いた。

……そうか、あの祭とやらは今夜か。
周囲のことに無頓着な部分を、少し、改めるべきか。
すっかり忘れていたので、すっぽかしたりしなくてよかった。
レンはいい奴だが、機嫌を損ねると面倒だからな。

ぱりっと清潔感の溢れる生地に、腕を通す。
銀鼠の地。
その、全面に。
真っ黒ではない、墨の濃淡で描かれたような竹の柄が、裾から肩口まですらりと重なり合って伸びている。

(玄武、の、玄の字を書いて、くろ、と読むんです)
(べったりとした現代の漆黒とは違う、古来からの曖昧なくろ。櫂にきっとよく似合う)

何時の話だったか。
レンが、そんなことを言い出したことがあったな。
突拍子もないのが常だけれど……こうして実際に着てみると、それほどおかしなことを言っていたわけでもないのだと、すとんと理解出来た。
慣れぬ和装だけれど、自分で選んでオーダーしたかのように、しっくり来る着姿だ。
縦に長い模様だからか、すらりと背が高く見えるし。
全体的に色味を押さえている所為か、やけに大人びた雰囲気で、眸の翠が映える。

……悪くないな。

普段は、おかしな格好で居る癖に。

レンのセンスを頭から認めてやるのも何か癪な気がして、俺はあえて、いかつい肩パッドの入った変なコート姿を思い浮かべた。

……と。
このタイミングで、ドアフォンが鳴る。

迎えか。

まぁ、レン本人が、俺より早く準備を整えて迎えに来るなどということはないだろうから、こちらからレンを迎えに行くように、レンが迎えをよこしたのだろう。
ややこしいな。
しかしそういう奴だ。

出てみれば案の定、FFのスタッフが立っていて、俺は浴衣姿のまま、軽装に不似合いなリムジンに乗り込んだ。
車はすぐに高速道路に乗って、俺の住む町の祭にレンが来るというわけではなかったのかと、ようやく理解する。レンの自宅で落ち合って、それからどこかへ向かうのだろうか。

……いや。
車窓を流れる景色が、普段と違う。
やけに海が近い。

「何処に向かっているんだ」

ようやく、短く問いかけた俺に、運転手の答えもまたシンプルだった。

「空港でレン様がお待ちです」

……行先は羽田か。
そこから、何処に連れてゆく気だ。

羽田だったら、まぁ、国内なのだろう。
呆れはしたが、レンのやることだ。

この連休中には、大会もなければ、他の予定も入れていない。
俺は溜息を吐いて、シートに背を預けた。

窓の外には、遅い夕闇がようやく落ちようとしていた。
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