Works

□ほし
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レンの声が弾む。
鼻歌が混じる。
踊るみたいな歩調に乗せて、浮つく抑揚で名を呼ぶ。

かぁい。
櫂をそんな調子で呼ぶのは、レン以外いない。

窓辺に歩み寄る過程で、爪先を浮かせくるりと回れば、燕尾服の裾が悪魔の羽根じみて、弧を描き広がった。

漆黒の絹地に、星のようにきらめく金属糸を織り込んだ、特別製だという上着は、シャンデリアの光を弾いてきらきらと輝く。
 
所作に、機嫌のよさがにじみ出ていた。
レンはこんな時、とてもわかり易い。

「メリークリスマスです、かぁい」

今夜、もう幾度目になるだろう。
レンは、飽きもせずに、祝いの言葉を口にした。
 
どこからか持ってきた赤いサンタ帽を、深紅の髪のうえに、ちょこんと乗せている。
 
足元は覚束ない。

くる、くると。
回って。
ステップを踏んで。
そのまま、ふらりと態勢を崩す。

「……ぶな……っ、」
 
咄嗟に伸ばした手が二の腕に触れたから、そのまま櫂は長身のからだを引き寄せた。
 
勢いのまま胸に倒れ込んで来る少年は、細身の割に肩幅も骨格も胸板も、しっかりと大人びたつくりをしている。

(あのころとは、ちがう)
 
衝撃を受け止めながら、櫂は表情を固めた。
 
漆黒の絹地に包まれた背で、気付けば随分と伸びた髪が、跳ねて、踊る。
 
安定を欠く姿勢のまま、レンが顔を上げた。
櫂の腕に凭れかかり、眸だけを上向かせる。
 
ぎらり、と。
血のいろを透かせたそれは、不穏なかがやきを帯びた。

(……あのころとは、)
 
櫂は、表情を変えない。
ただ、かたちのいい眉を、僅かにひそめた。
 
視線が絡みつく。

「あいしているよ、かぁい」
 
不敵な表情と。
射抜く目の鋭さと。
ぎらつく欲望を、隠しもしない表情と。

およそ不似合いな、愛のことば。
甘く。
優しく。
慈しむ。
 
櫂の胸に体重を預けるかたちで、レンは伸び上がった。
まっすぐに立てば、レンの方が、僅かに背が高い。
 
がちりと、視線を絡めたままで。
酷く満足げに、目を細める。

(喰う、と、宣告されるような)
 
反射的に頭を引いて、それから。
櫂は、意地を張るように姿勢を戻した。


くちびるがぶつかる。

 
レンは急くように、櫂のうすい唇を、舌先で割った。絡む舌先は、あつい。普段よりも、体温が高いようだ。

晩餐の時に傾けていたピンクの飲み物は、アルコールだったのだろうか。
 
混ざり合う唾液に、ぬらりと滑らかな舌に。

ケミカルな果実の味がする。

(……桃、)
 
されるがままには、ならない。
櫂からも、積極的に舌を遣う。
 
絡ませながら、無意識のうちに、脳は香りの検索をしていたようだ。
思い至って、唇の端で微笑う。

(こんな、真冬に)
 
不調和が、レンらしい。
それとも。
あえて外してくるところが、レンらしい。
 
……どちらも、あり得た。

「クリスマスを祝うにしては、情緒のない口づけだな」

乱れる息を誤魔化すように、櫂は嗤った。

「強引な方が好きでしょう?ロマンティックな抱かれ方をしたがる櫂なんて、イメージ出来ません」
 
レンの腕が、締まった腰に回る。
引き寄せて、胸を重ねて。
覆い被さるようにして、また、キスを交わした。
 
盛装に付き合わされた、櫂の胸元を飾っていた薔薇の花が、くしゃりと潰れる。

長い髪の先が櫂の耳朶をくすぐって、拘束のような抱擁に自由を失った身体が、びくりと竦んだ。

「おいで」
 
レンはうつくし整えた指先を伸ばして、櫂の手を取る。

引かれて進めば、窓際まで連れ去られた。

レンの暮らすこのマンションは、日常を過ごす空間に必要なのか疑うほど、天井が高い。その、遥かな上辺まで。壁の一面が、展望台のような窓になっていた。

ふざけた仕種でターンを決めて、レンが身体の位置を入れ替える。勢いがありすぎて、櫂は、傷一つない滑らかな硝子に両手をつくことで、衝突を避けた。

「何を……!」
 
肩越しに振り返る。
その背に、レンが身を寄せた。
耳朶にかかる吐息から、温もりを感じる。

「ね、綺麗でしょう?クリスマスだから、地上の星をきみに」

ちゅ、と、一度。
 
触れるだけのキスを、無防備な頬に落とした。

櫂は、逃げるように顔の向きを戻す。
色素の薄い頬に、僅かな朱が上っていた。
前を向けば、正面には、巨大な硝子窓があるだけだ。

ただ。
耳朶の紅潮は、背中の側からも明らかだった。

レンが、くす、と笑う。
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