R_etc
□twilight ash
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#1
雀ヶ森レンが敗北した。
キョウはその瞬間、高らかに嗤った。
あははは、と、いっそすがすがしいほどに。
ざまを見ろ!
堕ちてゆけ!
今の俺と同じ奈落へ。
今の俺より酷な孤独へ。
昏い、くらい、期待をした。
諦念に塗れたレンは、それでも美しいだろうか。
絶望に染まったレンは、今よりも綺麗だろうか。
イメージの中では、……悪くない。
キョウの薄い唇の端が、弓形に吊り上がる。
けれど。
なのに。
レンはその時、別人のように穏かな顔で笑っていた。
……負けたくせに!
キョウは、ぎりりと奥歯を噛む。
「悪い夢を見ていたみたいです、」
Q4に敗れ、AL4は準優勝。
コメントを求められて、レンは困ったみたいな表情で言った。
勝つことが全てと思って、それしかなくって、僕は追い詰められて焦っていたんです。
酷い態度で言動で、皆さんの心象を害したことを、今はとても恥ずかしく思っています。
ごめんなさい。
(そんな、馬鹿な)
キョウは憤った。
謝るのか?
謝って許されるのか?
FFのやってきたことの全てを、今までを、過ちの一言で切って捨てるのか!
凶暴さも。
高慢さも。
不敵さも。
焦燥も。
渇望も。
空虚も。
全部なかったことにするのか。
レンは。
だって。
それでも。
あんなにも、うつくしかったのに!
紅い眸の奥から、蜃気楼のように現れる、あの、異質な力。
異様なその発現が、神がかりとも見えた美貌。
優しげにさえ聞こえるその声で、世界を拒絶する呪詛を吐く高慢さ。
認めるものか、と、ずっと思ってはいたけれど。
レンは美しい。
誰よりも美しい。
比類なき絶対の王だった。
なのに。
ぎぎぎっ、と。
キョウは歯が鳴るほど、噛み締めた。
遠くのレンをぎらぎらと睨みつけ。
その、気迫の失せた佇まいを見ていられなくて、目を逸らす。
くだらねぇ!と一言、吐き捨てて、会場に背を向けた。
立ち去る歩調も、自然と荒れる。
なんだあれは!
あのざまは!
(しあわせそうに笑いやがって)
不幸になればいい。
孤独に打ちひしがれるといい。
いっそ狂ってしまえばいい。
(俺だってひとりきりだ)
冬の風が冷たい。
夕刻の空を見上げたら、気の早い星がひとつ、きらりと光る。
レンには、ずっと、見上げる星であって欲しかった。
寒空にひとつだけ輝く、わかりやすくて特別な。
外の空気を吸うと、激情は、容易く溶けた。
キョウの中に残るのは、ぽっかりと、行き場のない空虚がひとつ。
(復讐してやろうと思ってたのにな)
なんだか、全てがとても面倒くさかった。
なんだか、なにもやる気がしなかった。
(一番のお前を倒したかった)
敗者たるレンの傍らには、変わらずテツとアサカが控えていた。
あいつらは、勝てないレンでも側にいるのか。
しかもそればかりか、レンは敵チームの人間とも、親しげに会話していたのだ。
先導アイチ、櫂トシキ。
どちらもキョウにとっては、憎い敵以外の何者でもないというのに。
……とても納得がいかない。
チッ、と。
短くひとつ、舌打ちをする。
(くだらねぇ)
勝てないレンには、特別な価値なんてない。
あれはもう、絶対不可侵の頂点では、ない。
ただのファイターだ。
キョウは昔を思い出した。
それほど前でもないはずだ、レンと同じAL4の一員だった頃。
楽しいことなんてなかったかもな。
ただ、ひたすら戦ってばかりいたな。
レンは、……怖かった。
あまりにも強くて、恐ろしかった。
自分は強いと信じていたから、世界が引っくり返ったとしても勝てない相手が居るという事実を突きつけられたら、腹立たしいはずなのに、怒るより苛立つより先に、圧倒された。
「きみはあほですか。そのデッキ構成で、勝つ気がそもそもあるようには思えません」
「僕の勝ちだ。言っただろう、何度やってもきみには無理だと」
「敗者のきみに生きる権利はないです、僕の視野から消えなさい」
うるせぇよ。
回想の中のレンは、いちいち勘に触って、キョウは口の中で文句を言った。
楽しいことなんてなかったさ。
ただあの背を追っていた。
ひたすらに、レンだけを見ていた。
(俺が一番くだらねぇよ)
見誤ったのか。
人を見る目を養えということか。
けれど、あんなに強いのは、他に誰も居なかったんだ。
確かに、心が強いひとではなかったように思うけど。
冬の大気は、澄み切って乾燥している。
北風が目に入って、瞼を閉じる。
眦にじわりと滲む涙は、埃が入ったからだ。
青い空が眩しい。
キョウは、ベルトからデッキケースを外して手に取った。
幾度も、幾度も、戦った。
だからそれは、掌に自然になじむ。
瞬間。
振りかぶって。
この青い空の彼方に、棄ててしまおうか、と。
その動きを、キョウは、ふと止めた。
(……待てよ、)
PSYクオリア?
あのおかしな力がなかったら。
レンが、あれを失ったのなら。
(俺でも、勝てる……?!)
それを思いついた時。
キョウの中で、喪失感は、腹の底から湧き上がる悦びに変わった。
あははは、と。
高笑いを、ひとつ。
待っていろ、レン!
俺様がお前を跪かせる日をな!
背筋が伸びて、歩調が弾んだ。
「キョウ君は、本当にレンさんのことが大好きなんだね」
しれっと言う先導アイチを、真っ赤になってキョウが怒鳴りつけるのは、まだ少し先の話だ。