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□draw me crimson,dye me vermilion
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キョウくんが殴られたりします。ちょっと血も出ます。不幸ではないですが、苦手な方はお気をつけ下さい。










装填された弾丸のように。

瞬間後には、ひとをころしてしまう、凶器の緊張感で。

そうやって生きてきた。

……のに。






Draw me crimson, dye me vermilion





崩れ落ちた身体は、アスファルトの割れ目に溜まる泥水の中に。
油の浮いたぎらつく水面で、高層ビルの灯が弾けて散った。
飛沫は七色。
イルミネーションを反射して、真夜中でも明るい都会の空にきらきらと、さかさに飛ぶ流れ星のように。

綺麗だ。
痛いのに綺麗だ。
半身を汚水にけがされながら、そんなくだらないものに見惚れているなんて、ばかばかしくて嗤いたくなる。

キョウは掠れた声で、ひりつく喉で、世の中全てを否定する哄笑を試みて、果たせず咳込んだ。
倒れた拍子に擦り剥いた掌がじんじんする。
おかしな角度で捻った脚も、まともに蹴りつけられた脇腹も、腫れ上がった頬も、全てが痛い。
痛いし冷たい。

脱力したまま横たわるキョウの上に、罵声が降って来た。
よくある言葉で、よくある調子だ。
FFを抜けた者には、こんな、裏の裏の更に下のような場所でさえも、居場所がない。
酷いレートの賭ファイトで勝ち続けたら、待ち伏せされてタコ殴りの上、デッキも奪われた。
中身をわざわざ確かめて、貴重なカードばかりを奪う。
代わりに手持ちのありふれたカードを突っ込んで返される。今日からこれでたたかえと、言わんばかりに。
よくあることだ。
絶望ではない。
キョウよりも随分年かさで、体格もいいふたりの男が、代わるがわるに少年の身体を痛めつけた。
執拗に。
嘲りながら。
見下しながら。
……よく、あることなのだ。
相手がたった二人なのに、ぜんぜんかなわない自分を、むしろ嗤っていいくらいだ。

(馬鹿馬鹿しい)

もう投げ捨てようか。
総て。

意識が飛びそうだ。

(レンは今でも、ずっと勝ってるのかな)

……ああ、ほら。
俺はおかしくなっている。
なんであんな野郎のことを思い出しているんだ。

「あたらしい遊びですか、楽しいですか、少年」

声が聞こえた。静かな声だった。
怒鳴るでも嘲るでも怯えるでもない、平坦な声音に、そういえば随分久しぶりに接する。
でもそんなことはどうでもいい。重要じゃない。
だって知っている。知った声だ。

(懐かしい)

……ばかみたいだ。
懐旧だなんて、爺ぃのすることだ。
よりによって、この俺様が。

毒舌のひとつでも吐きたい気分だったが、どうしてか血まみれの唇は、縋るようにその名を呼んだ。
何一つ意のままにならない。
忌々しい。

「レン……?」

ありえない。
この狭い路地のどこにも、人の姿など。

染みの浮いたコンクリートの壁。
内側から塞がれた窓。
いつから積み上げられたかわからないほどの、ポリバケツから溢れたごみ。
ぎしぎし痛む首を回して、ぐるりと周囲を確認する。

人の来る余地など。

……いや。

涙でけがれた眼球を、ぎりりと限界まで斜めに上げて。
弧をえがく視線で、空を薙いだ。

ビルの表を飾るクリスマスイルミネーションが、裏手のこちらにまではみ出している。
点滅し色を変えるリズムは、呼吸よりも瞬きよりもすこし早い。赤、白、赤、白。

……あか。

血のような灯が、血のような髪を、飾り立てるみたいだった。

非常階段の手摺に腰かけて、色あざやかな逆光のなかで、レンはまるきり普段と変わらない様子で佇んでいた。

地上のキョウと視線がぶつかると、深紅の眸がすぅ、と細められる。
なんだてめぇ、と野蛮な誰何の声に一瞥も与えることなく、レンはひょいと手摺から降りた。急ぐでもない踵の音が、遠くきこえる街のざわめきを撃つみたいに、かつかつと鉄階段に響いた。

「高い所が好きな奴って、馬鹿だって知ってるか」

キョウは掠れた声で毒づく。

「馬鹿と煙は高い所が好き、ということが言いたいんだったら、生憎だね。僕は煙の方なんだよ」

レンは地上から随分な高みにいるが、キョウの呟きが聞こえたようで、のんびりと階段を降りながら応じた。

「馬ッ鹿じゃねぇの。意味わかんねぇし」

「馬鹿馬鹿言う方が馬鹿だと、学校で習わなかったかい」

ふざけるな、と、口々に男たちが叫んだ。
……激しく同意。
キョウも言いたかったが、頬を思い切りはたかれて、それどころではない。
彼らは遠くのレンに絡むのは諦めたようで、代わりのように拳が降って来た。

がつがつ叩かれる。

ふざけんな、と言いたくて、言えなかった。
それでも、せめて血の味のする唾を吐きかける。
殴る力が増した。

(ああ。もう。……どうにも、)

少年の細身のからだが、虚脱する。

瞬間。
不意に。
嵐のような暴力が止んだ。

キョウはきつく閉じた瞼の上に、生温かい滴りを感じて、それが何かわからないまま拳で拭う。
目を開けたら、胸倉を掴んだ男の耳朶がぱっくりと裂けていた。頬から首筋にかけて、真っ赤に染まっている。その様を見て、キョウが慌てて手の甲を確認すると、そちらも同じ血の赤で汚れていた。

(何が起きた)

動転しているのは、加害者であるはずの男たちの方だった。

血が。
耳が。
なんだこれ。
なにしやがった。
こいつか。
いや。

キョウを殴りつけていた時の怒声は、もやもやと消えそうな戸惑いにとって代わっている。

……いや、
あれじゃないのか。

どさりとキョウの身体を捨てて。
振り仰ぐ、非常階段のうえ。

「敗者には相応の罰を。そして、愚者には地獄よりの鉄槌を」

レンが高みで嗤った。
歌うように。
呪うように。

こんな場所に全然似合わない、うつくしく整えられた爪の先が、ごっこ遊びのピストルのかたちで狙いをつけている。

意味がわからない。
ちょっと綺麗だからって、無駄に格好をつけているあたりが、余計腹立たしい。
お前なんて永遠に厨二病だ。

けれどキョウは、少し安堵した自分を許しそうになった。

(レン、)

キョウは地面に這いつくばっている。
先程と何も、何一つ変わっていない。
けれど。

(レンがきてくれた)
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