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□きんいろプラスティック
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「アイチくんとのファイトは、どうでしたか」

顔を合わせるなり凶暴なキスをして、それからきみは言った。
つくりもののように整った目元に刻まれた焦りと苛立ちが、随分とセクシーだったけれど、そこに喰いつく男が居るという自覚はないだろう。

抱き寄せて。
髪を撫でて。

毎日逢って。
離れれば電話をして。
片時も休むことなく、メールのやり取りをして。

きみだけだと囁き続ければ、容易く堕ちる子だ。

けれどそんなことは承知の上で、こちらを引き摺り下ろして蹂躙して、内臓の隅々まで曝すような酷い対話と情交の
果てまで連れ去ろうとするのもまた、この子のやり方だった。

惚れてなどやるものか、もっと何もかもを奪い尽くしてやる、と。
呪詛に似た恋情を吐く。

雀ヶ森レンは、手がかかって。
手間暇をかけても得るものの少ない、面倒な子だ。

準決勝を戦った後の僕に、突然自宅まで来いと有無を言わせぬ口調で電話を寄越す……面倒な子だ。

「……楽しかったよ。とてもね」

僕はきれいに笑った。
裏表のないストレートな表情を、きみは憎んでいる。

嘘を。
ごまかしを。
言い逃れを。

怯えを。
竦みを。
妬心を。

言葉の裏に、笑みの裏に読み取って。
わかっているぞと、見せつけて。
どうだと見下し嘲笑うのが、すきだね。

けれど結局自分の行動に、無自覚のまま傷つく癖にね。

「は。つまらない答えです。皆、声を揃えて、同じことを言う!」

口調が強くなる。声が荒れる。
深紅の前髪が陰をつくるその奥で、鮮やかさを増した眸が、ぎらつく。
いい傾向だ。

きみは静かなままでは、どうしたって心を開いてくれない。

「つまらなくはなかったよ。アイチくんは強くなった。追いつめられても、追いつめられても、判断を誤らずデッキを運を信じる、短期間でそんな強さを身につけて来るとは、僕だって正直、思ってなかったからね」

正直な感想を口にした。
さてきみは、何点をくれるのかな。
きみの望む答えは、どんなものだったんだろう。

どれほど共に過ごしても、僕には正解がわからない。
多分、一生、わからない。

きみと僕とを隔てているのは、性分の差、性格の差、人格の差、物事の捉え方の差、……それから何だろう。
むしろ寄り添う感覚は、皆無と言ってよかった。

「……ふうん。それは僕とたたかった時と、どちらが」

流血の色を輝かせて、眸の翳りが、いっそう濃くなる。

僕と。
僕を。
僕の。

帝王のように振舞う癖に、すぐにそういうことを、気にする。

「きみも、たたかえばわかるさ」

視線を絡めれば、あるいはぶつければ。
相互理解を拒むように、彼の瞼が落ちた。

「退屈な答えだ」

どん、と胸を突かれて、ソファに倒れ込む。
細い腕なのに、結構痛いんだ、こういうのは。

真っ黒な革張りのソファは、モノトーンで統一された寒々とした室内で、やけに存在感をもって自己主張している。
真っ黒な絹の部屋着を引っかけたこの部屋の主は、僕をその暗がりへと溶かしこむかのように、圧し掛かって来た。

「僕がこんなにも退屈しているというのに、皆が皆、ヴァンガードファイトは楽しいと言うんです。僕が退屈しているというのに、ね」

膝をついて、僕の腰を跨ぐ。
そうすると抱き合う恋人同士のような体勢になるけれど、端麗な容貌には諦念と厭世が、変わらず滲んでいた。
言いたいことが、思うところが、沢山あるのだろう。
続きを促すことはあえてしなかったが、僕の沈黙に重ねて、かれは続ける。

「そんなのは許せない。櫂もアイチくんも、僕の知らない所で、僕の知らない概念に染まって、僕を拒んだまま幸せになろうとする!……実に苛々するな。呼ばれれば、のこのことやって来る貴方にもね」

……その話は、こちらに振られるのか。

来てあげてもこの言い草で。
来なかったら、メールと電話で全人格を否定するような罵詈雑言だろう。

困った子だ。
一度、きみはきみのように困った子に、振り回されてみたらいい。
案外いい具合に、その厭世感も過ぎた恋の傷痕も、払拭されるんじゃないかな。

「仲間外れが気に入らないのだったら、僕も入れてと声をかければいいんだよ。きみはプライドが高いから、なかなか勇気が出ないだろうけど」

下らないな。
自分でもげんなりするほど、安っぽい提案だった。

けれど下らないことをあえてちゃんとすれば、案外人生なんて、上手くいったりすることもあるよ。

「ははっ!大人はお説教が好きだね。すぐに無駄口を叩く間もないほど、快楽に沈めてあげるよ」

……そうだね。
雀ヶ森くんは、物言いは乱暴で高慢なのに、酷く繊細で丁寧な抱き方を、する。
泣かせるより啼かせるのが好きな、……本当に、困った子だった。

「……こういうのも、皆同じで、つまらないんじゃないのかい」

白皙の美貌はつめたいようでいて、触れれば人並みに温かい。
インナーの首元に隠しきれない位置をきつく吸われたから、きっと誇示するみたいなキスマークになっている。

「みんな同じ?そう、貴方は僕の抱き方が、皆と同じだと」

すごい自信だね。
きみは僕をくるわせるのが、とても上手だ。
……困ったことに。

華奢だけれどしなやかな背に腕を回したら、雀ヶ森くんが顔を上げた。
至近で瞬間、見つめ合う。
分かり合うように、では決してなく、寄り添う狭間に火花が散るみたいだった。

「みんなが同じように酔う、同じ快楽だろう、」

なるだけ挑発的に、僕は言い放つ。
そうしたら、あえて乗って来たのかどうか。
単に乗せられやすいだけなのか。

「誰に抱かれても、同じようにくるう、ということですか」

胸に添えられた手が這い上がって、僕の肩から上着を剥いだ。
乱暴な手つきでそれは床に投げ捨てられて、ひどい扱いだなぁと目で追った僕の頬を、雀ヶ森くんの両手が捕える。

くちびると、くちびるが、触れ合う。
……というより。

齧られたみたいな。
喰らい尽くすみたいな。
貪るような。

そんな、キスをされた。

この子は真っ赤なたてがみの、肉食のけだものみたいだ。
兇暴で、孤独で、気高いくせに、欲深い。

顎を引かれたせいで大きく開けた口蓋に、無遠慮な舌が奥まで入り込んでくる。
熱くて湿ったそれは、猛毒を帯びた熱帯の生物のようだ。
ちう、と音を鳴らしながら吸う唇に、舌先が口蓋の外側へと導かれる。
唾液が混ざり合って、薄桃色の粘膜の間に透明な糸を引いた。

誘われるままに、絡めて。
ちろちろと、動かす。
その合間に、柔らかな下唇をなぞった。

僕の施す浅いキスに焦れたのか、彼はまたぞろりと深く、侵入してくる。
上顎まで届いた舌先は、歯列に沿い舐め、唇の裏の柔らかいところを余さず辿った。

口の中がこんなに感じるなんて、そういえば、雀ヶ森くんとこんなことを始めるまでは、知らなかったな。

唾液の混ざり合う濡れた音が鳴る。
僕はせわしない交歓の合間に、大きく息を吐いた。

「……きみだけだよ、」

唇の端から、涎が零れて。
頬は熱いし。
目は潤むし。
僕は今、さぞかしみっともない顔をしているのだろう。

みっともないついでに、声が震えた。
それでもなんとか、言ってのける。

年下の少年に施されるキスで、この発情ぶりとは、ね。
いいようにあしらわれても、仕方ないということか。

「みんな同じ、というのは、きっときみにとってはそうだと思っただけだ。僕には……きみだけ」

まっすぐに、見上げる。
自分でもおかしいくらい、陳腐な台詞だ。
まるっきり、詭弁のようだね。

嗤ってくれていい。
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