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□戦闘生誕祭
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始業前のFF本部に、幹部の面子が揃うのは珍しい。
普段は重役出勤の当主その人が、けれどその日は朝から顔を出していた。
「おはよう、」
挨拶というより、呟くような言い方で。
テツを見て、アサカを見る、レンの目はしかし焦点を結ばない。
どっかりと重厚な専用デスクの前まで、覚束ない足取りでどうにか辿りつくと、そのまま椅子に身体を預けて、へばってしまう。
「ねむたい」
冷たい机上に上半身を横たえると、授業中の居眠りの体勢になって目を閉じた。
「あらあら」
アサカは手慣れたもので、こうなると自分の身支度もさて置いて、物入れにはとても見えない壁の一部を開くと、取り出したブランケットをレンの肩にかける。
そうしておいて、ようやくコートを脱ぎ、デッキだけを取り出して鞄をしまうと、振り返ってテツに声をかけた。
「……おめでとう。誕生日よね、」
綺麗にラッピングされた小箱を、目の前に差し出す。
「ああ、……そういえば。忘れていたな」
箱にかかったピンク色のリボン、そのファンシーさ具合にやや気押されながらも、テツは正面から謝意を伝えた。
「自分でも忘れている誕生日を、誰かが覚えていてくれるというのは、いいものだな」
鋭い美貌をふんわりと緩めたアサカに、笑顔を向ける。
「……ちょ、テツ、誕生日って本当ですか、」
途端に。
眠りに落ちていたかに見えたレンが、勢いよく起き上がった。
「ああ。レン様は、昔からご存じのはずですが」
「……忘れてたよ!そういうの、僕が覚えられる訳がないんだよ……どうしようなんにも用意してないや」
「いえ、……そんな。俺自身も忘れていたくらいですから、」
「駄目だよ。僕だったら、大勢の人が皆でこぞってお祝いしてくれたら嬉しいし。僕の時は盛大にやってくれたじゃないか」
12月12日。
雀ヶ森レンのバースディは、テツとアサカが主導してFF全員で盛大なパーティを開いた。
「しかしレン様と私では、立場が違いますので」
「確かに違うけど、お祝いしたい気持ちは、皆同じだよ」
レンは言うと、先程までの寝惚けぶりが嘘のように、しゃっきりと立ち上がる。
「いいこと思いついた」
にやり。
血溜まりの色をした眸が、どこか不穏な輝きを帯びた。
唇の端を吊り上げて、レンは三日月型の笑みをつくる。
「アサカ、」
ごにょごにょ。
身を寄せて。
そのせいで頬を赤らめるアサカの耳元で、内緒話の体勢になった。
……女子学生が二人いるみたいだ。
テツはこっそり溜息を吐く。
レンのこのような子供っぽい一面は、決して不快ではなく。
むしろ、好もしい方なのだが。
ただ。
悪だくみの度合いが、行き過ぎなければよいのだけれど。
アサカが出て行った。
幹部専用のこの部屋から、大抵のことは出来るはずだが、テツには内緒のまま、事を運ぶ感じだろうか。
「何貰ったの?いいもの?どんなの?アサカのセンスだもんね、テツに何が似合うって考えてるのか、すごい興味あるなぁ」
レンのテンションが高い。
テツの背にはりついて、後ろからプレゼントの包みをガン見している。
「何でしょうね」
応じて。
ぴかぴかのピンク色をしたリボンを、解いて行く。
包装紙を丁寧に開いて行くテツの手元をしげしげと見て、レンが感嘆の声を上げた。
「破かないんだ……昔からテツは器用だよね。僕もいつか出来るようになるかなぁ、美しく華麗なラッピングほどき!」
それだけでも豪奢な箱の中から現れたのは、黒革のデッキケースだった。シルバーの髑髏がくっついて、ハイブランドのロゴが控えめに輝いている。
「……かっこいい、」
テツが何か言うよりも早く、レンが呟いて手を伸ばした。
僕もこういうのオーダーしようかなぁ、髑髏いいよねシルバーいいよね、格好いいなぁ。
言いながら装着しているが、細い腰にテツサイズのベルトは大きいようで。
「無理だった……」
すとんと床に落とす寸前でキャッチして、テツに向けて差し出した。
テツは受け取って、早速現行のデッキケースと交換してみる。
サイズはもとより、装着感も見た目も申し分ない。
「似合う似合う、さすがアサカ!」
本人が聞けば狂喜しそうな言葉で、レンはひどく嬉しそうに告げた。
そこに、全館放送の合図が流れる。
続いてサイレンの音。
耳を裂いて、心を不安に掻きたてるような。
まるで。
そう。
いつか映画で聞いた、空襲警報に似ている。
テツは何を見るともなく、表情を引き締めて顔を上げた。
放送が続く。
「緊急速報です。FF所属の全ファイター諸君に告ぐ!」
アサカの声だった。
この為に出て行ったのか、と納得するテツだったが、なにゆえの緊急速報か、そこがいまひとつ理解出来ない。
「……今日はFF幹部である、新城テツ氏の生誕日です。今日中に将軍その人にファイトを挑み勝利した者は、AL4の末席に加えると、当主雀ヶ森レン様からのお達しがありました。繰り返します、今日は……」
聞けばテツは、言葉を失った。
緊張した面持ちから、一気に力が抜ける。
レンに視線をやれば、満面の笑顔とぶつかった。
「テツ、誕生日おめでとう!」
これは、僕からのささやかなプレゼントだよ!
レンはうきうきと、弾んだ声音で告げる。
本当に心から楽しそうに、笑っていた。
「丸一日、あらゆる挑戦を受けて、勝ち抜いてみてよ。凄く強くなれると思うなぁ」
悪だくみの度合いが、行き過ぎなければいいな、と。
アサカを見送った時に考えたことが、再び頭を過ぎった。
……まぁ。
しかし。
これなら、度が過ぎるというほどのことでもないだろうか。
テツはぴかぴかのデッキケースから、愛用のデッキを取り出した。
お誕生日おめでとうございます、将軍!
威勢のよい掛け声とともに、扉の外に最初の挑戦者がやって来る。
今日は一日、戦場の様相だ。
レンが鼻歌を口ずさみながら、入口に向かった。
非常に上機嫌で、とても楽しげに。
「ありがとうございます、レン様」
その背に。
テツは、苦笑いと共に。
全霊の謝意を込めて、言った。
終
2012.02.15
2371字