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□まけいぬのワルツ
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立凪コーポレーション、と大書きされたビルは、高層で重厚で巨大で、けれど繊細で美麗で清潔で未来的で。
権力、というのものの、わかりやすい象徴だった。
平板な鏡面が、天を衝く高さでそびえる様は、うつくしく装飾された墓石のようだと。
そういえば初めて訪れた時、レンは思ったものだった。
見上げれば、蒼い空はいつの間にか夏めいて。
惑星クレイの冬空に似た透明さと、知らぬうちに印象は乖離している。
空を。
晴れた空を。
そのあおさを。
穏やかな気持ちで見上げることなんて、そういえば、初めてかもしれない。
あの頃は。
(櫂とテツと三人で笑っていた頃は)
さみしさも、孤独も、何も知らなくて。
……あの頃は。
(世界を敵にしてもいいと、呪詛に塗れていた頃は)
きれいなものなど、この目には映らなかった。
(此処は遥か、何処か、何時か)
レンは視線を転じて、磨き抜かれた自動扉をくぐる。
そういえば、こんなビルに慣れていなかった頃は、入口がわからずに立ち尽くしたこともあったっけ。
足音を消す絨毯の上を静かに進みながら、軽く笑った。
進んでいるのか、退いているのかは定かでないけれど。
確かに、自分は、自分たちは。
知らぬうちに、随分と遠くまで運ばれてしまった。
みちびくもの、と冠されるゲームに、名付けの通りに先導されて。
真っ白なエントランスホールに、午後の陽射しが満ちている。
円筒形の吹き抜けの硝子壁を透かして、ここからも蒼い空が見えた。
今日のレンは灰白色のスーツを選んでいて、真冬の曇天めいたそんな色味は、この静謐さの中では一点の汚濁のようだと自嘲する。
受付で名乗れば、すぐさまに厳重なゲートの向こうに案内された。
チームFFAL4、雀ヶ森レン、と。
必要とされる情報は、それだけで。
交わされるのも事務的な会話だけだった。
……さて、と。
レンは、明るく清潔なエレヴェータに乗り込む。
扉が閉まれば、そこでようやく蒼い空が絶ち切られて。
ここからは、断罪の時間だ。
滑らかな減速を経て、音もなく扉が開いた。
その先は、闇に塗り込められている。
微かに揺れる空気に、濃密な香気が混じった。
甘く燻る、これは香木だろうか。
肺の深くまで吸い込めば、くらり、と目眩を起こしそうだ。
目が慣れれば、床の程近くに、連続する微かな光源が見て取れる。
レンは迷いもせずに、橙色の灯りに導かれるようまっすぐに進んだ。
前進すればするほどに、香りは濃くなってゆく。
空気が、重くのしかかって来るような気さえした。
「……やぁ、雀ヶ森レンくん、」
くらやみの涯から声がする。
それは高く澄んで、重厚な香りが地を這うのだとしたら、上澄みのあたりを軽やかに漂う。
漆黒の闇に溶け込むようにして、漆黒の影が動いた。
長身の男が二人。
襟が高く裾の長い大陸風の装束で、深紅の帳を前に向き合っている。
音もなく動いて艶めく布地を両側へと引き開けると、そのまま照明の届かぬくらがりへと、姿を消した。
現れたのは、玉座めいた装飾過多の椅子で。
木彫りの背凭れには、先程の扉と同じように細かな彫刻が施され、生きて動き出しそうな龍がのたうっている。
座面は鮮やかな真紅の絹貼りで、身体に対して不釣り合いなほど広い其処に身を横たえるようにして、子供の姿があった。
年の頃は、大人びたレンよりも幾分か下だろう。
少年か、少女か。
どちらでもないものか。
脆く。
儚く。
一瞬の。
未分岐な頃合いの、あやういバランスが、その肢体をより蟲惑的に見せている。
着込めばしっかりと首元まで隠れる上着を、しどけなくはだけた寝姿で。
きつい目元が、仄かな朱を差して和らいでいた。
「……はい、雀ヶ森レンです。立凪タクトさま」
人を喰ったようにも聞こえる返事を、レンはさらりと口にする。
その視線が、暖色の照明に浮かび上がる、金の眸を捕らえれば。
隠そうともしない、あからさまな情欲を読み取ったか。
薄いくちびるが片側だけ、アンバランスに吊り上がった。
「決勝戦を、拝見させていただきましたよ」
言葉と共に、ちろ、と、舌先が覗く。
挑発するようにくちびるを舐めて、斜めに首を傾けると、タクトは見下すような笑みを作った。
「無様でした」
くすくす、と、まるきり幼子の残酷さを覗かせて、嗤う。
「そう、」
応じるレンは、豪奢な椅子の正面に立ちつくしたまま、目を伏せた。
わかりやすく向けられた悪意を、流すように。
「言い訳があれば許しますよ?」
促す声音は、踊るように弾む。
「別に」
けれどレンは静かに言い切り、それ以上の発言はない。
「勝利こそが絶対、敗者必罰。……FFの運営方針を最初にお聞きした時には、貴方はそう仰ったはずですけれど」
「……僕が、先導アイチに敗北した事実は揺るぎません。お望みの罰を、」