【RGB】

□#4 そして絶命する初恋の
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「血の味がする」

唇を離せば、レンさんが言う。

僕は息を止めて。
腕にも肩にも力の入った、ぎくしゃくした動きで。
顔が熱くて。
手のひらに、変な汗をかいていて。
鼓動が、ばくばくと鳴る。
頭蓋の中まで、揺さぶられている気がした。

伏せた瞼を上げれば、睫毛の先が触れ合いそうな位置に、レンさんの紅い眸が、爛、とひかって。
……怖い。

全部、見透かされそうで。
それでもいいと、一瞬の前には覚悟したはずなのに。
やっぱり怖いんだ。
とても、怖い。

レンさんに嫌われたくない。
レンさんに軽蔑されたくない。

酷くていいなんて嘘だった。
どんな扱いでもいいなんて、心の底では、全然、そんな風に思っていなかった。
やっぱり僕に、そんな度胸などあるはずがなかった。

ごめんなさい。
ごめんなさい。

優しくされたい。
慈しまれたい。
愛されたい。

でも、……もう。
僕は自分から、レンさんときちんと向き合う可能性を、放棄したんだ。

キスなんて、したことがない。
凌辱のうちに、そんな情緒はなかった。
この唇は、ただ、欲望を捻じ込まれて抽送されるだけの、下水道みたいなものだった。

だから何もわからない。

知ったふりで求めれば。
レンさんが、暴いてくれると、期待した?
僕はどこまでも、本当に甘いな。

出来るのは、唇を、重ねるだけで。
触れれば、触れ合えば。
其処から、蕩けてゆきそうだった。

目眩がする。
眩んで、盲いて。
鎖した瞼の、薄闇の裡に。
僕なんていう自我は、溶け落ちてなくなってしまっていいのに。

一度、短く触れて。
電気が走ったみたいに震えてしまって、すぐに離れる。
それじゃあいけない気がしたから、もう一度。

……触れて。
力を入れ過ぎている自分に、気がついて。

引き結んでいた口元を、少しだけくつろげる。
そうしたら、触れ合う箇所が増えて。
表面の乾いたところだけじゃなく、内側のぬめりを帯びた粘膜まで。
レンさんの唇と、重なった。

……ッ!

いいのかな……こんな……。

今の、は。
手を繋いだり、抱き寄せられたり、そういうのとは全然違う気がした。
柔らかいとこ、触れる……のは。
まるで。

ずくん!
って。
お尻の奥が、疼いた。

……やだ……っ!

僕はレンさんに……そういうことを、して欲しくて。

……うん。
して、欲しい……よ。

自覚したら、急な羞恥に襲われる。

僕は、なんてことを考えて。
僕は、なんてことをしてるんだろう……。

「……ッ、ぁ、……ごめ……っ、なさ……っ!」

前髪が長くてよかった。
俯けば、レンさんの視線から、表情を隠してくれる。
真っ赤になっている頬も、涙の浮いた発情の透ける目も、隠してくれる。

僕はレンさんの胸に手を突いて、身体を抱く腕の中から、逃れた。

息が荒いのも。
声が揺れるのも。
眦の涙も。
鼓動の速さも。
……欲しがってかたちを変えた、身体の中心も。

少し距離を置けば、見抜かれないで済む気がしたんだ。

「アイチくんの血なら……悪くないな」

「え、」

顎の先を、かたちのいい指が捕らえる。
僕は、短く声を発しただけで。
全然、そんなふうにされることなんて、考えてもいなかったから。
簡単にまた、元のように引き寄せられて。

唇の端。
乱暴されて切れてしまった、傷口の上を。
レンさんの舌先が、這う。

「……っ、う、」

びくん、って震える。
けれど、離しては貰えなかった。
唇の外の傷はもう乾いて固まっていたけれど、内側のは、まだ……意識すれば確かに、鉄錆じみた臭いが鼻に抜ける。
ちる、ちる、と。
レンさんの舌先が、幾度も、滲み出る血を舐め取った。

あ、……あ。
何でだろう。
力……抜けてく。

滑らかな舌で、弱い箇所に触れられるのが、とても気持ちよく思えた。
欲しい、って、ひくひくするのとは、また違って。
どこか、無防備になる。

身体じゅう、レンさんに委ねきってしまいたい。

「沁みた?」

どのくらい、そうしていたのかな。
気持ちよくて、ふわふわする。
とろんと瞼が落ちて、口元が緩む。

油断していたから。
目を開ければ、真正面から視線がぶつかった。
ぼんやりと陶酔した状態で、僕はもろに見つめ合ってしまって。

「……、ぃぇ……へいき、です……」

また、長めの前髪に隠れるみたいに、俯いた。

「感じた?」

先程と変わらぬ、何気ない調子で。
レンさんが、問いを重ねる。

僕はその意味が、最初はよくわからなくて。
……ええと。

えっ?
あの、……それ、は……。

考えれば、わかったけれど。
どう対応していいのかは、まるでわからない。

「……えっと、」

自分から誘った癖に。
こういう時に、僕がなりたいような悪い子なら、どう応じるだろう。
ふふ、って嫣然と。
笑みの裡に、答えを隠してしまうだろうか。

気持ちいいです、もっと、ねぇ。

……そんな風には、僕はとても言えそうになかった。

俯いたままの僕の上に、声が降って来る。

「櫂は、キスの仕方も教えてくれなかったの」

レンさんは……残酷だ。

僕は、顔を上げることも出来ずに。
返事の仕方もわからずに。
ただ。
口の中に広がる血の味を、苦みのように感じていた。
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