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□#5 vanishing(ゆめでいいから)
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あの時なら、運命は変えられたのかな。
……あの時?
いつなら。

僕が、櫂くんと寄り添う未来は。
消失した分岐点の果てにならば、有り得たのだろうか。








レンさんは優しい。
レンさんはとても丁寧で。
レンさんは僕を安心させてくれる。

……レンさんは、きっと、僕を愛してくれているんだ。


僕がずるりとベッドの上へ沈むと、彼は立ち上がって、部屋を出てゆく。
衣擦れの音。
軽い足音。
扉の軋み。
遠ざかってしまえば、気配もない。

このお家は広すぎて、僕たちを隔てる距離が、少し淋しかった。

抱かれている最中に、幾度も名を呼んでくれて。
髪を撫でて、頬に触れて。
貪るだけじゃないキスを、繰り返して。

だから、終わった後も同じように。
いっぱい撫で撫でしてくれて、きゅって抱きしめて。
僕の身体を、気遣ってくれたり。

くっついて一緒に寝て、一緒に朝ご飯を食べたりだとか。
一緒に朝寝坊したりだとか。

ぼんやりと、そんな甘い未来をイメージしていた。

……そんなわけ、ないよね。

僕の腰を掻き抱いて。
叩きつけるように精を放った後。

レンさんとは、一度たりとも、視線すら交わさなかった。
あんなに優しくして貰って。
更に朝まで甘えたいだなんて、僕は、いつからこんな強欲になったんだろう。

ああ。
でも。

頑張ったね、って。
頭を撫でてくれたら。

大丈夫、って。
涙を拭いてくれたら。

それだけで、よかったのに。

レンさんが、もっと、欲しい。
レンさんが、僕には、足りない。

きっと、レンさんは、僕のことを愛してくれて。
だから、抱いてくれた……はずなのに。


静かだ。

僕は、うとうととまどろむ。

きつい灯りが苦手な僕の為に、だろうか。
部屋の照明は暗い。
高層マンションの最上階には、街の喧騒も届かなかった。

茨の塔に幽閉されたお姫様は、なんというのだっけ。
閉じ込められる、なんて、……しあわせな気がする。
誰とも逢わなくていい。
誰にも見られない。
そんな世界なら、自分を嫌いになることもない。

レンさんが、僕を、閉じ込めてくれたらいいのに。

ゆらりゆらりと、疲労のうちに。
ねむりの波に、呑まれてゆく。

たゆたうようで。
けだるい。
虚脱。

太腿の内側が、濡れている。
粘つく感触が、身じろぎと共に零れる。
レンさんが、其処を穢してくれた証だった。

僕の中は、まだ、じんじんしている。
レンさんを受け入れた名残の感触が、とても愛おしい。

朝になっても、明日になっても。
ずっと、忘れなかったらいいのに。

毎日、毎夜。
忘れられなくなるほど抱かれたら、僕は貴方のように、毅然と生きられるでしょうか。

とろとろ。
意識が、とろけてゆく。


……


ぎし、と。
ベッドが軋んだ。

僕はその僅かな振動で、目を覚ました。
瞼を開いてはじめて、眠っていたと気付く。

「……レン、さん……?」

呼び掛ける名も、茫洋と拡散しそうだ。
声が、揺れて。
掠れた。

なんだか、あたたかくて。
ふわふわする。
すごく、きもちいい。

仔猫のように丸くなったまま。
指の先ひとつ、動かせそうになかった。

「シャワーを浴びておいで。そのまま寝てはいけないよ」

あいしているよ、って、さっきは確かに囁いてくれた声と、全然違う口調だった。
呆れたみたいな、つめたさで。
言われて、気付く。

……あ。
そうか。
こういうことの後は、きれいにするんだ……。

僕は、そんなことさえ知らなかった。
僕には、誰も教えてくれなかった。

常識を知らないって思われたかな。
きらわれることが、あきれられることが、心の底から、怖かったはずなのに。
切迫する焦燥は、今の僕にはなかった。

抱かれる、って。
……こんなに。

安心、するんだ。

レンさんが、きっと、全部教えてくれる。
そうやって、思える。

「アイチくん、」

呼び掛ける声が、語調を強めた。

「……ん、」

僕はまだ、上手に起き上がることが出来ない。

石鹸の匂いかな、シャンプーの匂いかな。
すっきりと清潔感のある、さわやかな香りがした。

レンさんは普段から、白檀のような香りをまとっていて、その印象が強い。
大人の男の人みたいな香水とは、ぜんぜん違う匂いに、なんだか安心した。

よそ行きの顔じゃない、素のままの姿を見せてくれているんだ。
レンさんと、近くなった気がする。
ほんとうは、一緒にシャワーを浴びたかったな。

レンさんが、僕を抱っこしてくれて。
こうやってきれいにするんだよ、って。
いっぱいのあわあわで、洗ってくれたら。

全部流した後で、抱き合ったまま湯船に浸かれたら。
……そんなしあわせな恋人どうしに、僕たちは、いつかなれるだろうか。

「後始末を自分できちんと出来ないような、汚い子は嫌いだな。二度と抱きたくない」

続いたのは、つめたい声だった。
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