翳花繚乱
22:40
こんびにの店内は、真っ白な光に満ちて、のっぺりと明るい。
入り口の自動ドアをくぐって、アイチが方々へと視線を泳がせている隙に、レンは店の奥へと消えてしまった。
「……レンさ、」
呼びかけて。
ほてほて、と後を追う。
「アイチくんは、甘いものがすきだよね。乾いたやつも、湿ったやつも、隔たりなく、すきだよね。いいことです」
菓子の棚の前。
秋限定、と記された商品を、レンは物色していた。
次から次へと、買い物籠の中へ落としてゆく。
「かわいたやつ、って……あ、クッキーとか、」
しめったやつ、は、クレープとかプリンとか、かな。
どさどさと菓子を抱え込むレンの仕種を見つめながら、アイチは見当をつける。
そのうちにも、レンは、チョコレートにラングドシャ、スイートポテトから大福まで、まんべんなく選び出して、抱え込んでいた。
秋の香りづけ茶葉なんかは、さすがにないなぁ。
言うと。
まつたけ味のポテトチップスを掴んで、さんま味のプレッツェルに多少の逡巡をする。
栗の形につくられた蒸しパンと、刻んだきのこを山盛りに乗せたピザは、迷わず籠へ。
「僕はアイチくんと一緒におやつを食べるのが、とても好きなんです」
傍らに控えるアイチを、肩越しに振り返って。
レンは、端正な容貌を綻ばせた。
「……あの……っ、レンさん、それは僕も、なんですけど……ええと、今月は少しお小遣いが厳しい、……です。そんなにたくさんは、僕、……ごめんなさい……、」
小さな声で。
言い淀んで。
俯いたまま。
アイチは、告げる。
切れ長の目を、きょと、と丸くして、レンは一瞬、表情を固めた。
そうして、短く笑う。
菓子のパッケージから手を離すと、大きな手のひらで、アイチの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「この間は、買って貰って当たり前、みたいに言っていた癖にね。……アイチくんは、ほんとうにわからないな」
「え。……え、ぇ、……僕、そんな……、」
撫で回す手の下で、アイチは慌てたように顔を上げる。
「言っていたよ。あれもこれも欲しい、下さい、ってね」
「ええええええ……あの……っ、変になってた時、ですか……?!……ごめんなさい……っ、」
「ん。変?……アイチくんは、いつもは遠慮しすぎだから、発情した時の甘え方くらいで、僕はちょうどいいと思うよ」
「は、つ、……じょう、……っ、……ゃです……、そんな、言い方……っ」
からかうような、レンの言い方に。
ぼわ、と。
白い頬を、真っ赤に染めて。
アイチはまた、俯いた。
「秋の実りのパフェ、……うん、これもいいなぁ」
レンは素知らぬ顔で呟いて、買い物籠の中身を増やしてゆく。
「ぃえっ、あの……っ、ちゃんと、自分の分は自分で払います、レンさん、……レンさんっ」
「いいよ、甘えて。……ね、アイチ?」
「……ふぁ、……っ、」
こんなところで、なまえ、よばないでください……。
アイチは、耳元を擽る囁きに、小さな声で抗議した。
あははと軽く笑って、レンは、上気した耳朶にそのまま噛み付く。
「ひゃぁ、……んっ、」
「こんなところで、そんな可愛い声を出しては駄目だよ」
言い残して、山盛りの菓子をレジへと運んだ。
買い物袋は、みっつ。
菓子だけで膨れたそれを、満足げに片手で提げて、もう一方でアイチの手を引く。
夜の中へ、一歩、踏み出せば。
びゅう、と。
晩秋の風は、つめたい。
「ひゃ……、」
「こら。また。感じてるみたいな声を出さないの」
「か!かんじて、なんか……っ!」
わたわた、と。
無駄に動作を大きくする、小さな身体を、レンはコートの内側に閉じ込めた。
くっついて。
並んで。
歩き出す。
「あの、……歩きにくい、です、……レンさん……、」
「ぎゅう」
「……恥ずかしいです、……離れて下さ、っ、」
「やですーぎゅぅぅぅー」
「……もう、」
アイチは、羽交い絞めにしてくるレンの腕から、するりと抜けると、黒いコートの襟元に、手を伸ばした。
蒼い髪が、風に流れる。
レンの紅い髪もまた、風に舞って。
至近で向き合うふたりの視線を、一瞬、遮った。
車道をゆきすぎるヘッドライトの帯が、不意に、眩しい。
アイチは、爪先立つ。
「……キス、しようと思ったけれど……やっぱり、やめです」
レンの耳元へと唇を寄せると、それだけ囁いて、身を翻した。
「きみは……ほんとうに、わからない子だね……」
菓子の詰まった袋を手に。
身軽に駆けるアイチの背を、追いもせずに。
レンは、ただ、呟く。
「……だいすきだよ」
ビルの間で風が鳴ったから、きっと、その声は届いてはいない。
けれど。
薄い唇の端で、また、少しだけ笑った。
終
2012.10.19/1838字
翳花繚乱、という本を作った時に、入らなかったこんびにデートを、おまけの本にしました。これは、それでも入りきらなかった分、です。レンアイというカップリングには無限の可能性が……秋とおやつとレンアイ、この三大噺で、まだまだ書けるから、どこまで書けばいいのやら、です。
レンとアイチは、食べるとか寝るとか、本能に忠実な組み合わせ。