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□新年会
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新年

がたがたと窓が揺れる。
古いアパートは、天候が悪くなる度に風が吹き込んだ。

ばたばたと壁に木の枝がぶつかる音。今日はやけに響く。

-そうか、正月だからか。

正月の東京は静かだ。
会社は休みになり、人は田舎に帰省する。
高見沢が住むアパートの住民も、それぞれが実家に帰っていた。
ここの住民だけではない。

坂崎は毎年恒例で親に顔を見せに行っている。
桜井は久しぶりに秩父の実家へ帰省した。

高見沢だけが、ここに残っている。
帰りたくない訳ではない。
けれど、帰るのは自分たちが売れてから。
母親は食料を持ってきたり、洗濯や掃除をしに来てくれたりするし、父親も時折顔を見にやってくる。
だけど、実家の敷居を跨ぐのはまだまだ。
おかしな所にこだわっていると、高見沢も十分自覚してはいる。

-あいつらが帰ってくるまで、少しでも曲を書きためなきゃ。

炬燵の中で温めた手に、鉛筆を握った時だった。

階下で、ばたん、と戸を開閉する音。
それに続いて、とんとんとんと軽やかに階段を昇る足音。
がらり、と高見沢の部屋のドアが開いて
「明けましておめっとさん」
坂崎が顔を出した。
「…何でここに居るんだ?」
「え?来ちゃマズかった?」
「そうじゃなくて。実家、帰ったんじゃないのか」
「帰ったよ。でも親の顔なんて2日も見れば十分。それより食べる?」
どん、と炬燵の上に半透明のタッパーが置かれる。
「あ、いや…」
今年の正月も帰らなかった家族に思いを馳せていた高見沢に、他家の手料理は少し重い。
「あ、高見沢は雑煮とかお汁粉が良かった?」
高見沢に構わず坂崎はタッパーの蓋を開ける。
そこには、蒲鉾やハム、焼豚、数の子などが詰まっていた。
「…既製品ばっかりじゃん」
「俺のお袋、料理ヘタだもん。食べてみたい?」
「…そういうことじゃなくて」
「あ、コップと箸かりるよ」
坂崎は部屋に入ったと思うと、すぐに台所へと引き返していた。
「箸はいいけど、なんでコップ?」
「桜井がビール買いに行ってるから」
「へえ、よくそんな金があったな。…って桜井も来たのか!?」
「うん、駅で会った」
部屋と台所を仕切る戸が開けっ放しになっている。が、どちらも対して気温差は無い。

再び階下で戸を開ける音がした。
それに続いて階段を駆け上がる足音。
「う〜寒っ!」
高見沢の部屋の戸を開けて飛び込んできたのは桜井だった。
「うわっ、桜井あたま真っ白!」
坂崎がけらけら笑う。
「一応、服は外で払ったんだけどな」
高見沢は炬燵に両腕を突っ込んで顔だけ台所に向ける。
桜井がそこで頭に付いた雪を払っていた。
「雪、降ってきたんだ」
そう言って立ち上がりカーテンに手をかける。
「降ってきた、なんてモンじゃないよ…」
後ろで桜井の呟きが聞こえた。


ビョゥゥゥーーー


カーテンを開けた窓の向こうは。
「…吹雪いてるな」
「吹雪いてんだよ」
「…マジですか」
外は雪。それも横殴りに吹き付ける雪が降っている。
「正月早々に吹雪くなんて、イヤだねぇ」
箸を並べながら坂崎が溜め息の混じった声で言った。
「今年を暗示してたりしてな」
苦笑いで桜井が炬燵に入る。
「縁起でもないこと言うなよ」
高見沢はカーテンを閉める。
幾分か風の音が小さくなった気がした。
桜井が栓を開け、それぞれのコップにビールを注ぐ。
三人同時にコップを持つと、目の高さに掲げた。
「それじゃ、とりあえず」
そう言って桜井が高見沢を見る。坂崎も同じ様に高見沢を見ていた。
「…とりあえず、今年こそヒットを願って」
こつん、と互いのコップをぶつけ合う。
ぐい、と高見沢がビールを飲み干そうとした瞬間。
「それで高見沢が今年は実家に帰れますように!!」
坂崎が早口で言う。
むせかえりそうになった高見沢が坂崎を見ると、彼は知らん振りでコップを傾けていた。


End.
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